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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第四章
103/111

102.悪魔の助言①

 憎い相手を目の前に、憎悪と怒りが湧き上がる。

 今にでも斬りかかりたい、殺したい。

 たが体は素直に危険を感じていて、動くことができず額からは汗が流れる。

 そこにいるのは、闇そのもの。

 捻じ伏せられる威圧感は、無謀に飛び出すなと脳に警告を鳴らさせる。

 口惜しさと殺意を持って、黒の目を見返す。

 

 しかし、やはりおかしな感じだ。

 

 見慣れない服のせいなのか。

 闇の中に浮かび上がるような鮮やかなオレンジ色の上着は、腰をすっぽりと覆っている。長い袖からも指先しか見えず明らかに体格に合っていない。

 ん?胸元に絵が描いてある。

 見知らぬおかしな覆面をつけ、頭に丸い大きな耳らしきものが二つ……何かの動物か?

 駆け足が背後から聞こえる。

 ミツカゲが横を過ぎ、俺の前に出ると再びフォニへと切先を向ける。

 こいつが俺の前に出るとは。


「どこから湧いでた」

「虫みたいに言わないでくださいよ。少し様子を見に来ただけでしたが……本当にお兄さんに話してもいいのですが」

「貴様には関係ない!」

「関係ないだなんて、僕を呼び出し知った話ではありませんか」


 呼び出した?


「なんの話だ」


 ミツカゲがフォニを呼び出したのか?

 殺気立つミツカゲの背に問いかけても、フォニへ意識を向けているだけで答えない。

 こいつ、まさか。


「まさか手を組んでるんじゃないだろうな」

「馬鹿を言うな! 敵の前で余計な話をしたくないだけだ」

「ええ、余計な話はしない方がいい。それが運命を変えてしまう恐れもありますからね。隠し事が大好きな貴方のことだ、それを十分理解しているはずです。ですから尚更不可解」


 フォニが足を前に出す。

 来るっ!

 全身に力が入る。

 フォニは静かに近寄ってくると、ミツカゲが真っ直ぐに向ける切先の前でピタリと止まる。


「それほど、お兄さんを信用しているのですか? もしくは秘密の作戦があるのか」


 目の色が変わる。

 そっとこちらを覗くように、だが獲物を見定め食うような鋭い眼光……光?

 そうか、違和感の正体が分かった。

 こいつの目に光が宿っている。

 以前は穴が空いたような真っ黒の瞳であったのに何故。

 

「関係ないと言っただろう!」

「やれやれ。ならば、お兄さんは聞く覚悟があるのですか? 苦悩の海に溺れることになろうとも、知らなくとも良い真実を求めるのですか」

「なっ」


 なんだ、突然。

 あの時のことがなかったかのような飄々とした態度は、俺に刃を振り下ろさせるのに十分な怒りを植え付ける。

 それでも理性が、耐えろと言っている。

 こいつと一戦交えれば、ただでは済まないことは分かっている。俺の相手は今カルディアで、それまでに余計な力を使いたくない。

 ここは流れに沿うしかない。何を聞かされるのかは知らないが、ここまで言われれば否とは言えない。


「そうだな」

「そうですか。そうですよね、だからこそお兄さんはここにいるのですから。ならば僕も救いは誰にもたらされるのかを知りたい」

「貴様が知る必要はないことだ! さっさと私の前から消え失せろっ!」

「もはや、僕の知っていることです。なにせ僕が貴方に話したのですから。知らないことはその先……貴方が思い描く未来です」


 ぞくりとした。

 闇の中、孤独に光る月光のような光でミツカゲを捉える黒の目は、未来を見るにはあまりにも寂しく暗い。だが、希望という導も宿っているように見えた気がした。

 

「貴方はその未来を掴みたい。だから悪魔である僕に救いを求めにきたのでしょう」

「救い? どういうことなんだ」


 くそっとミツカゲは地面に吐き捨て、諦めたようにゆっくりと切先を地に向ける。

 

「貴様がアナスタシアに来る前に、私はこの悪魔を呼び出した。だが、それは決してリナリア様を裏切るなどということはない」

「リナリアは知っているのか?」

「……知らぬ」


 知らない?

 やはり後ろめたいことがあるのか?

 いや、そもそもこいつを呼び出して救いなんてあるのか。


「私は、なんとしてもリナリア様に生きてもらいたかった」


 絞り出した言葉に、それがこいつの全てなんだと改めて分からされた。震え出す肩は、何による悔しさなの表れなのか……。


「願ったのだ。天の使いである私が、あろうことか悪魔に救ってほしいと」

「なっ」


 待ち構えていたように、にっと三日月のようにフォニは口角を上げる。


「ルゥレリアの代わりに、リナリアを助けてほしいと。ふふ、これは何からの愛なのでしょうかね? あれほど忠誠を示していたのいうのに、愛とは本当に何もかも狂わしてしまいます」


 見下す口調で、フォニは愛を切り捨てる。

 リナリアはミツカゲのことを親のように慕っている。ならば、ミツカゲも……。


「父さんの目的はルゥレリアに会うことですが、僕にはリナリアを救う権限も力もありません。しかし、その愛の終着が知りたくなりましたので、代わりにと僕が辿り着いた結界の秘密を教えてあげたのですよ」

「秘密?」

「この世界にはマリャが結界を張っている。貴様も知っているだろう」


 マリャ、俺の母。

 母の作った結界が悪魔とそして神を拒絶し、その代償に天への道も潰えてしまった。


「ああ。しかし、神は拒絶されたまま悪魔には侵入されたがな」

「そうだ。悪魔は破り、ルゥレリア様はいまだに侵入を阻まれている。しかしいくら力が半減したとはいえ、あの方が結界を破れぬことに疑問があった」

「他の要因があるのか?」

「ええ、そうです。僕もそれに気づいたのは最近、リナリアと記憶の世界で会話をしたときです。この世界には二重に結界が張られている。一つは先ほど話したマリャの結界。そしてあと一つ」


 あと一つ?

 結界は二つあったということなのか?

 フォニは空を見上げる。


「リナリアの思いが天を拒絶しているのですよ」

「リナリアが?」


 確かにミツカゲはリナリアが生きたいと思っていれば、神を拒絶できると言っていたが……よく考えてみれば、それは神だけに当てはまるとは限らない。

 まさか、そういうことなのか!?


「リナリアの生きたいという強い思いが、天への道も閉ざしていたのか!?」

「その通りです。結界はリナリアの思いに呼応する。思いが揺らぐ時、結界も揺らぐことが何度かありました」

「マリャがリナリア様に自我を持たせたのは、これが狙いであったのかもしれぬ。生きたい思わせ、天を拒ませた。まんまとマリャの計略通りに進んだのだ」

「なら、リナリアが生きている限り天への道は」

「永遠に閉ざされたままだ」


 永遠に?

 そんな、だって。


 カイトはどうなる?


「カイトは、どうなる」

「だから、今はお伝えできないのだ。知れば必ずリナリア様は心が揺らぐ。貴様なら分かるはずだ」

「分かるはずって、それじゃ」


 カイトを見捨ててしまう。

 もし今も彷徨っているのならば待つのは魂の消滅か悪への変化。

 しかしリナリアが知れば生きることを諦めてしまうかもしれない。

 悪魔を倒せば二人を救えると思っていたのに、どうしてこんなことに。

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