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咲く君のそばで、もう一度  作者: 詩門
第一章
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1.約束しよう

 外は暗く皆も寝静まる時間。昼の騒がしさとはうって変わり、静寂に包まれている。ガラス窓から差し込む月明かりが、薄暗い廊下を道標のように照らす。石造りの廊下を重たい足取りで進みながらため息を一つ。   

 

 今日も疲れた。


 調査報告書をまとめ上げ総隊長まで届けにきたが、すっかりと遅くなってしまった。また、ため息一つ。早く休みたいのにこの足は、主人の意に反してやる気がない。

 頼りない足取りを見て歩いていた視線が不意に、切り取ったように黒く浮かぶ自分の影に目が止まり立ち止まる。もう一人の黒い自分を見た後、この影を作る原因を見上げる。窓越しに闇夜の中、丸い黄金の月が見えた。今日はやけに月が明るいな、っと視線を落とすと今度は中庭に咲き誇る色とりどりの花が目に入る。風に僅かに揺らされ互いの花弁をかよわせるその様はまるで、踊っているよう。


 暖かくなったな。


 月下の元に咲くそれは季節の花なのだろうがなにかまでは分からない。他人はその色達の春の知らせに心弾むものなのだろうが、全く浮立たない。もういいや、っと一歩出した足が止まる。再びその色を横目で見る。


 ……。


 興味のない、縁のない存在なのだがそれでも、この降る黄金と華やかな色を見ていると、どこかの記憶に引っかかる。そう……霞ががかった記憶の中で手に花を持ち、その花のように誰かが笑うのだ。それを掻き消すように首を振る。それ以上は思い出したくない、っと自分が言う。くだらないっと一人ぼやいて体に鞭を打ち、早く休みたい一心で足早に歩いていると、廊下の角に差し掛かったあたりで突然目の前に影が飛び出す。


「うわっ!」


 静寂した空気に弾んだ大声が響いた。両手を広げた人影が視界に飛び込む。一瞬の出来事に唖然としていると、俺の反応がお気に召したのかニカニカと悪戯な笑みを浮かべだす。


「ははっ。ぼーっと歩いていると奇襲に出会してもすぐ対処できないぞ? ヴァン隊長」


 顎まで伸びた銀色の髪を揺らしながら笑い、わざとらしく両手で口を覆う。俺はその悪戯小僧が誰か分かると、疲れとくだらないお遊びに付き合わされた怒りが相まって強めな口調で問いただす。


「キル……こんな遅く、ここでなにやってるんだ」

「んだよー、せっかく久しぶりに会ったのにつれないなぁ」


 キルはつまらないと言わんばかりに口をとんがらせ頭の後ろで手を組む。確かにキルの言う通り久しぶりといえば久しぶり。最近は自分の仕事のせいで全く会えていなかった。ちょっと冷たかったかなと気を取り直し、再び同じ質問をする。


「それで、何やってるんだ?」

「俺? 俺はさ、暖かくなってきたろ? だから散歩だ」

「はっ? 散歩?」

「春先ってなんか心弾むだろ? なのに辛気臭そうに歩いてるお前を見かけたから……お前こそなにやってんの?」


 ぐぅっと言葉を飲み込む。こっちは今の今まで働いてたんだ!っと怒りが沸いてくる。しかし、っと悪態つく友人に目を細め見る。


 派手な寝巻きだ。


 上下赤いテカテカした生地に襟や袖口は金の刺繍が施されている。王族ってのはこんな派手なものを着てよく寝れるものだ。見てるだけで疲れる。


「……変な寝巻き」


 疲れからか思わず思った事を口に出してしまった。それはどうやら聞こえてしまった様で、キルは腕を組んで怒っている。そんなキルの喚きも睡魔のせいで遠くに聞こえる。


「ふぁ」

「おい! 人が話をしてるのに欠伸すんなっ!」

「悪いけど、そんな茶番に付き合ってる暇はないんだ」

「茶番っ!? これはいたって真面目な寝巻きだぞ!? 王の寝巻きだ!」


 誇らしげな顔をし、これ見よがしに羽織を両手で広げて見せてくるキルをうんざりして見る。無視して素通りしようとした時、少し抑えた声で話しかけてくる。


「仕事は慣れたか?」


 足を止め、口を閉ざしたまままた、自分の影を見る。

 正直全くと言いたい。零隊隊長に任命され三ヶ月。慣れない仕事に慣れない環境。ただでさえ人の上に立ち、指揮を執ることなんて性格上苦手なこと。尚且つ任された霧の件も全く進展がない。何も手がかりが掴めないし、敵もお陰で増えるばかり。日々、心身ともに疲弊しきっている。でも、そんな弱音をこいつの前では吐きたくなかった。

 

「それなりだ。でも、やる事が山積みでもう一人自分が欲しいくらいだ」


 キルは俺の冗談に笑いながら近くの窓淵に肘を立て、夜空に浮かぶ金色を見ながら話す。


「例の霧の件のこともあるし大変な事が多いだろう。それはきっとこれからもな。でも、俺はお前のこと頼りにしている。……それだけ言いたかったんだ」

 

 深い紫色の瞳が俺を捉える。その力強い瞳に一瞬息を飲む。そして、言われた言葉を理解しだすとなんだかむず痒くなってきた。


「期待に応えられるといいんだがな」


 そう答えるので精一杯だった。それでもキルは満足そうに笑っている。その笑みに釣られ自分の口角が僅かに上がるのが分かった。さっきまでの落ち込んだ気持ちが和らいだ……のも、キルの質問のせいで束の間だった。


「ところで仕事とは別で最近どうよ? 浮いた話の一つ二つないの?」


 はぁ、もうっとまたため息。この手の話は苦手だ。


「……そんなものない」

「つっまんねぇ。お前も好きな人くらい作れよ。そしたらその辛気臭い顔色も少しはよくなるよ」

「余計な世話だ!! それに、興味ない!」

「なんで?」

「なんでって」


 いきなりなんなんだ。俺はそんな事してる場合ではない。毎日仕事で手一杯だ。それ以前に自分の素性から人とは極力関わりたくない……キルだって知ってるくせに。それでも、こうして国の為に働くのは……なんて、キルにとっては恩着せがましいだけだ。


「俺にとってそんな事、どうだっていいんだ」


 俺の答えにキルは神妙な顔をしたが、どこから出してきたか白いひらひらのレースのついたハンカチで、涙を拭く仕草をしだす。


「あー! お前はそうやって一生独りで生きていくのか」


 声を張り上げ大袈裟に泣くフリをしてよよよ、っとか言っている。


 なんなんだこいつ。

 

 相手にするのも馬鹿らしくなってきた。


「ほっといてくれ。とにかく、俺はもう行くよ、早く寝たい。お前もいつまでもこんなとこにいないで、さっさと部屋に戻れよ」


 俺の叱咤にわざとらしい芝居をピタリとやめ、ふぅと小さく息を漏らす。


「まぁ、何かあったら言えよ。友達だから相談にはのるぞ。……何があってもずっと友達って、三人で約束したろ」


 人の心を見抜くような瞳。キルは感が鋭い。たぶん強がったのはお見通しなんだろう。それでも、期待に応えたかったので代わりに小さく頷いた。


「あと、浮いた話もできたら俺にすぐ報告しろよ」

「しない」

「とにかくこれは約束だからな! 王様命令だぞ!」


 ビシッと張った音が聞こえるくらいの勢いで、人差し指を俺に向け指す。威圧するように向けられた指先を一目した後、今日一番のため息が出る。


「はいはい、王様」


 適当に片手を上げ返事を返し、そのまま振り返らず歩みを進める。キルはそれ以上何も言うことはなかった。

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