始まりは一匹の狐から
わたしには、記憶がない。
今わたしは14歳。8歳からの記憶しか、即ち6年の記憶しかない。これまでわたしが生きてきた生涯の半分しかない。
それより前のことを思い出そうとすると、わたしの頭が焼けるように痛む。
今日も、八時半から学校がある。
早くしなければ。
机の上に並ぶのは、トーストとベーコン、スクランブルエッグ。オレンジジュースとヨーグルトも、だ。
わたしの両親は、政府のエージェントらしい。あまり家にはいないから、お手伝いさんとして花谷さんが来ている。今日のこの朝食も、花谷さんが用意してくれたものだ。
何気なく、テレビをつける。その瞬間、テレビが大きな炎を上げて燃えた。
、、、しまった、爆弾だ。
爆弾の炎の色から、わたしは即座にA国製であることを悟った。
日頃の訓練のおかげか、わたしは少し早く家を逃れることができた。
崩れ落ちる家、パチパチと音を立てて燃える家。
わたしの目の前は真っ暗になりかけた。
そんなわたしの視界がいきなり、真っ白に染まった。
何、、、、?
目の前にいたのは、白の狐。目は赤い。
そんな白狐が、わたしの目から知らないうちに溢れ出ていた涙を舐めていた。ついでに、毛がふわふわしている。
確かあれは、記憶があるうちでもだいぶ早い頃。九歳になっていただろうか。そんな頃にも、わたしは同じような白狐を見たことがある。
それを見た花谷さんが、教えてくれた。
「祐奈様、白狐には悲しみを鎮めて落ち着かせる効果があるそうですよ。追い払ってはいけませんからね。」
ああ、だからこうして来てくれたのだろうか。
わたしの涙も、しばらくしたらやはり止まった。
すると白の狐はわたしの周りを数度回ってからゆっくり歩き出した。途中、何度もわたしに「ついてこい」と指示でもするかのようにこっちを見た。わたしも、ついていくことにした。
狐は、ここから北東にある森の方を目指していた。
家に、いつ他国のスパイがやってくるかはわからない。なるべく家から離れておくのも得策だろう。
わたしも狐の跡をついていった。
森には、未だに破壊されていない神木がある。どんな種類なのかも、どれくらいの高さなのかも、どれくらいの樹齢なのかも、何も分からない。この街には都市伝説的なので「神木を傷つけた人間は、その次の日に全身の血を抜かれて死ぬ。血は神木へ還る」といったものがある。わたしは今、そんな神木の前に立っていた。
狐は、わたしの方をじっと見つめている。しばらく狐と見つめ合っていたわたしは、狐の目がだんだん赤から青に変わっていくのに気づいた。完璧に目が青になった狐は、目を上にやって、一鳴きした。
その瞬間、目の前に男性が現れた。
「えっ?!」
今となっては文献でしか見たことのない和服に身を包んだ男性。いや、少年というべきだろうか。何より、顔立ちがすごく整っている。和服美人じゃなくて、、、いや、和服美人でも良いかもしれない。いや、どうでもいい。
「やあやあ、やっと少しずつ能力が戻ってきたかい。川見祐奈嬢。いや、、、風見祐奈嬢。僕は西寺綾斗、能力者だ。早速こちらとしては『こっちの世界』に来てほしいところだが、、、うん?どうしたのかい?」
風見祐奈。風見と言えば、確か6年前くらいに亡くなったとされる凄腕の暗殺者と同じ苗字。由来がある、、、わけないない。
それに、見知らぬ人について行ってはいけない。花谷さんにもそう言われている。ことに能力者は危険の度合いが違う。これまでにも能力者は多くの大量殺人を犯してきた。そんなことくらい知っている。
「わたしは川見祐奈。風見じゃない。」
「君は記憶がないからそう言っているだけだ。では一つ、取引をしないかい?」
「、、、、」
「君が我々能力者の世界に来てくれるのであれば、僕は君にかけられた記憶を本来に戻そう。封じられた能力も解いてあげよう。どうかい?」
「能力は危険。そんな事知ってる。わたしの持つ能力が人を傷つけるなら、能力なんていらない。消えて。」
わたしは、少し睨む。
「能力が封じられている事自体危険なんだ。すでに漏れ出している。」
「能力のほうがもっと危険。記憶だけ戻して。」
「お断りだね。セットでなくちゃ。」
風が吹く。何度も吹き付け、少しずつ強くなっていく。
「ほら、それ。君の能力の一部なんだよ。ああ、もう良いや。」
そう言った瞬間、いきなり体内で何かが爆発するような熱を感じた。
とうとう開放させられてしまったらしい。わたしは、地面に叩きつけられる音を感じた。
その空間にはシンプルな椅子と執務机、本棚がいくつかしかなかった。その部屋の主と思われる男性は、机で書き物をしている。
ゆっくりと、しかし確実にドアが音を立てずに開いていく。
やがてドアが全て開いた。それでも男性は気づかない。そして、人間が入ってきた。
部屋に入ってきたのは、わたしと近い色合いの髪をした、6歳くらいの女の子だった。奇妙なことに、目鼻立ちがわたしと似ている。
その子は、特に何もしない。その女の子の目は冷たく、感情がなかった。
やがて何も変わらないかのように思えたが、その刹那男性が倒れた。
女の子が助けようとするのか、近寄っていく。
その女の子は、、、
ナイフを取り出した。
そして頭に一指しした。
「終了」