プロローグ
「いたぞー!」
「さぁ、そこをどくんだ!!」
彼女を連れて、森を逃げ惑いついに見つかってしまった。
火と光の魔法によって照らされた大木の根元に彼女を隠しながら、最後の最後まで逃げる事を諦められなかった。
「スハラ・・・もう」
360度、光に照らされては明らかに逃げ場はなく囲まれていた。
気が付くと、村の連中だけではなく騒動を聞きつけたのか近隣の騎士団の姿も増え始めていた。
騎士団に助けを求める事も考えたが、この状況じゃ自分たちに不利な事しか伝わっていないだろう。
捕まるのが関の山だった。
息は上がり、魔力は等に切れている。
それでもまだ諦めきれない、諦めたくなかった。
いったいどうしたらこの場から逃げられるか必死にだった。
「スハラ、もういいの。十分よ。」
一瞬の出来事だった。
ふわりと後ろから抱きしめられ、思考が止まると同時に後ろにいたはずの彼女が自分の前へと出た。
ギリギリと噛みしめて血の味がする唇に柔らかな唇が触れた。
急な事に思考が一時止まり、あれほど張り詰めた気がいっきに緩んだ。
「アリ・・・・ア、何を・・・。」
唇が離れ、視界に映し出された彼女の瞳には涙が溢れていた。
それでも気丈に優しく微笑む姿は儚くそして、とても綺麗だった。
「アリア・・・」
手を伸ばし、その頬に触れようとした。
しかし彼女の優しい柔らかな手で胸を押され後ろへと倒れこんだ。
何もかもが緩やかに、まるで時が止まったかのような世界が広がる。
「・・・ありがとう、スハラ。大好きよ。」
魔法により拘束された彼女は、そのまま両手を組むと目を閉じて静かに祈る。
光に包まれた彼女に無数の蔦が絡まり、やがて見えなくなる。
「あ・・・あぁ・・・あァア・・・」
力なく、彼女に手を伸ばすがその手は届かなかった。
目が開けられないほどの光に包まれ思わず目を閉じ光が収まるのを感じ、そっと目を開くとそこには何事もなかったかのよう穏やかな風が草木を揺らした。
空に向かい虚しく伸ばした手に何かが当たりすり抜けた。
地面を見ると彼女がいつも付けていた、赤い石にまるで月が寄り添うような透かし銀細工が施してあるペンダントだった。
震えた手でペンダントを拾い、掻き抱くと自分の中からどす黒い力が沸き上がるのを感じた。
「あ・・・ぁあ・・あぁぁ・・・・」
許せない、許せない許せない許せない許さない許さない!
ただ、穏やかに暮らしたかっただけだった。
あと数年、成人を迎えると彼女と一緒になる夢を見ていただけ。
なのに彼女はいない、いなくなってしまった。
世界を支える力の源と言われる精霊樹に捧げられてしまった。
なぜ、彼女だったのだろう。
なぜ、今だったのだろう。
『試してみる価値はある。何、違ったら他の方法を考えたらいい』
本当かどうかも分からない、ただ試してみようというそんな気持ちで奪われた日常。
彼女を取り戻せるなら、何になっても構わない!
「ゆるさない・・・、かならず!俺は何になっても構わない!!!」
凄まじい轟音と共にどす黒い渦と力が沸き上がった。
精霊樹とは相反するその力に、精霊樹が蔦を伸ばしたが、膝を着いた足元から黒い蔦が大量に湧き出て、彼を包み込んだ。
ギチギチと包み込まれた蔦の僅かな隙間からギラリと光る目。
その異様な状況に誰もが動けなかった。
やがて、黒い蔦がねじれるように天に伸びるとそのまま細くなり消え入った。