1日だけ冒険者になってみる
『なあ、シスタ。冒険者って知ってるか?』
「急にどうしたんですか? 冒険者なら領内にもいるので多少は知ってますが」
『あたし、冒険者になりたい』
「えっ、無理ですよ。だって私貴族令嬢なので冒険者にはなれませんよ」
見るからにがっかりそうな顔を浮かべるキン。
「そんなあからさまな表情したってだめです。
ダメなものはダメです」
『どうしてもだめなのか………』
キンはしゅんとしている。
鉄パイプも手にいれたことで戦闘をしたがっているのだろう。
シスタもキンの気持ちはわかるが伯爵令嬢という立場上許容できないこともあるのだ。
そこでキンが何かひらめいたのか、パーッと晴れやかな顔になった。
『顔を隠すってのはどうだ? 貴族令嬢だとばれなければいいってことだろう? 全身フルメタルの装備で覆ってさ』
「なるほど、それならありかもしれませんね。装備の手配をしておきましょう」
実はシスタも結構乗り気なのであった。
◇◇◇◇◇
シスタの父が治めるアイギス伯爵領には一つの大きなギルドがあった。
この領の首都に当たる都市に居を構える形でたたずんでいる。
ギルドの内装は酒場形式になっておりテーブルが数個、奥に受付をする場所があるというようなものだ。
今日も今日とて大量の荒くれ者冒険者たちによって賑わっていた。
冒険者たちがワイワイガヤガヤしているところ
―――バーンっ
ギルドの扉が勢いよく開いた。
当然ギルド内にいる冒険者たちの視線はそちらに向く。
その冒険者たちの表情は驚愕に彩られていた。
なぜなら―――
彼らの視線の先には頭から先までを漆黒のフルプレートで武装した者がいたからだ。
「おいおい、誰だありゃ、相当な装備じゃねえか」
一人の冒険者が呟いた。
そうなのだ。
見かけもさることながらこの防具は希少金属で作られているのだ。
驚くのも無理はない。
彼ら一介の冒険者にはあれほどの装備は揃えられない。
揃えられるとすれば冒険者のトップをひた走る英雄、S級冒険者くらいのものだ。
当然、その防具を集められるものは莫大な財力を持っている、すなわち冒険者家業では相当の地位を持っていることの裏返しに他ならなく―――
「お、おい。あれS級冒険者じゃねえか!?」
「俺、初めて見たぞ……。あとでサインもらお」
「俺はあとで手合わせでも……」
「ばか、お前じゃ返り討ちにあうだけだ!」
とこんな風にS級冒険者ともなればこんな風なのが絶えないのだ。
フルプレートの冒険者が壁に貼ってある依頼書を破り受付へ持っていく。
受付嬢が依頼を確認する。
「ひっ!」
受付嬢は驚愕した。
それもそのはずフルプレートの冒険者が持ってきたのはS級の依頼書だったのだ。
酒場の一同は息を飲んだ。
S級クエストはS級冒険者でも難しいとされるクエストだからだ。
通常は冒険者は自分の一つ下のランクの依頼しか受けない。
モンスターと人間は地力からして違う。
故にただ単純に達成できないからだ。
いくらS級といえどA級までしか達成できない。
驚くのも無理はない。
フルプレートの冒険者は一言も発さず受付嬢に依頼の準備をしろと催促する。
「は、はいー、ただいまー!」
受付嬢は心底怯えたようすでクエストの準備を始める。
ヘルムの隙間から聞こえるフコー、フコーという息づかいも恐怖を助長させているようだ。
フルプレートの冒険者が受けた依頼。
それは―――コカトリスの討伐であった。
コカトリス
それは災厄である。
身体中から毒を撒き散らし、見たものを石にする、
鳥の王である。
ここ数年で大国が討伐隊を派遣するがあえなく全滅。
事態を重く見たギルド総本部も数人のS級冒険者を派遣するが帰って来なかった。
最悪の魔物である。
依頼を受けた漆黒の冒険者はギルドから出ていった。
◇◇◇◇◇
何を隠そう、この漆黒の冒険者、実はシスタなのである。
「皆さん驚いてましたわね」
『そうだな~、たぶんみんなあたしが強そうな装備来てたからだろうな~』
「ふふ、そうですね。皆さんが驚いてたのは装備の割りに受ける依頼がショボすぎるっていうことですよね」
フフッとシスタは笑って言う。
『S級の依頼ってF級のさらに下だろ? たとえあたしたちでも達成できるって!』
「そうですね。FとSでなぜ間が空いているのかわかりませんがA,B,C,D,E,Fの順に簡単になっていくという法則を考えればS級の依頼が一番簡単ということですよね!」
この二人勘違いのオンパレードである。
◇◇◇◇◇
そうこうしている内にコカトリスの住む山までたどり着いていた。
シスタからキンへ体の主導権をチェンジ。
すぐさま
「た~まや~」
山に行ったら一度はやってみたいNO.1の山びこを即座にやってみた。
「うーん、いまいちだな~」
「もう一回、た~まや~」
「やっぱり微妙だな…。なにより気持ちよくない」
―――ズドン
後ろから地響きが聞こえた。
後ろに振り向くとそこには巨大な鶏がいた。
「おっ、来やがったか! 所詮鶏だろ。鉄パイプで余裕だぜ」
「コケッコ―――――!!」
「まんま鶏じゃねえか!」
コカトリスが突進してきた。
なかなかの早さだ。
あれだけの図体でよくもまあ走れるものだとキンは思う。
(そういえば、あたしの仲間に太ってるけど動きが素早いやつがいたな。あんな感じなのか?)
そんなことを考えている間にもコカトリスは突進してくる。
避けられてばかりなのが腹がたつらしく地面をくちばしで何度も何度もつついている。
(さてとこいつはどこが弱点なんだ~)
キンは前世で百戦錬磨の強者であったため相手のどこを叩けば勝てるのかを直感的にわかるという能力とも呼ぶべき、第六感を手にいれていた。
(左足に体が若干だが傾いている。右足を弱らせているのか! そうとわかれば右足を重点的に攻撃するまでだ!)
「おりゃあ!」
鉄パイプで思い切り右足を叩く。
「おりゃあ、りゃ、りゃりゃりゃりゃりゃ―――――!
おりゃ――――――――!!!」
鉄パイプが残像に見えるほどの連撃を食らわす。
怒り狂ったコカトリスがくちばしで攻撃を行う。
が、なんなく避ける。
(この程度の速さなら、前世の喧嘩相手の方がまだ強かったな。そろそろ締めにするか)
「ふん!」
今までの一撃よりもさらに重い攻撃を食らわせた。
完全に重心が崩れ去ったコカトリスは地面に倒れ伏す。
そしてコカトリスの頭を思い切り鉄パイプで叩く。
地面にひびができるほどの衝撃で叩いた。
「やっとくたばったか」
キンはシスタに体の主導権を返す。
「もう倒したのですか!?」
『ああ、結構楽勝だったぜ』
「それはすごい!キンには冒険者の才能があるのかもしれないですね」
『うーん、喧嘩の才能はあるかもだけど、冒険者の才能って言われてもいまいちピンとこねーな』
「そんなものですよ、本人は自分に秘められた才能を自覚できないものですよ」
『シスタって顔が子供っぽい割りに大人っぽいこと言うのな』
「顔が子供っぽいって私まだ13歳ですよ。当たり前じゃないですか」
『はっ? マジで!? その身長でか?』
実はシスタの身長は160センチメートル程もあるのだ。13歳ということを考えれば大きい部類に入るだろう。
『マジか~、あたしより4歳も年下じゃん。今の今までタメだと思ってた~』
「そんなことよりも、あそこにコカトリスの卵がありますよ」
シスタは山頂を指差して言った。
『よっしゃー、いくか!』
◇◇◇◇◇
コカトリスの卵を手にいれたシスタはキンに主導権を渡した。
いかんせんこのコカトリスの卵は大きいためとてもシスタでは持ちながら山を下山することはできないのである。
通常、依頼を達成した証しとして倒したモンスターの部位をギルドへ持っていく必要があるが、キンはあえて卵を持っていくことにした。
倒したコカトリスはそこに横たわっているのにもかかわらず、卵を証明として持っていく。
―――それはどういうことか。
答えは簡単。
丸焼きにしてあとで食べるからである。
(米があれば悩み所だったがな…この世界米なさそうだし。今度シスタに頼んでそれっぽいのつくってもらうか)
◇◇◇◇◇
あのあとコカトリスの卵をギルドへ持っていって大騒ぎになったことは想像に難くない。
なぜか最下位のS級のモンスターを倒したくらいで二人はあんなにも大騒ぎになるとは思えなかった。
あまり騒ぎに巻き込まれたくない二人はそそくさと隙を見計らって脱出したのである。
◇◇◇◇◇
二人は今コカトリスが住んでいた山の頂で件のコカトリスの丸焼きを食べていた。
最も当然ながらシスタの体の主導権はキンの内にある。
「うまっ、うまっ、うまっ、うまっ」
(がちでうめえな。コカトリス他にもっといねえかな)
キンはシスタにもこのコカトリスのうまさを知って欲しいがためにシスタに主導権を譲る。
「キン、どうしたんですか?」
『いや、ちょっとシスタにもこのうまさを味わってほしくてよ……』
(あら、てれてますのね。かわいいこと)
パクリ、とシスタは骨付き肉を食べた。
油がこれでもかというほどに溢れてくる。
だが少しもくどくない。
良質な油だ。
熱々なため
はフッ、はフッ
と口から熱を逃がしながら租借する。
(おいしいっ!)
『どうだ、うめえだろ』
「ええ、とっても!」
『家で食べるのとは違って外で食べるってのもいいもんだろ?』
「ええ、そうですね」
「ありがとう、キン」
『なんだよ。照れるじゃんかよ…』
◇◇◇◇◇
実はコカトリスは他者の思い描く姿、能力になるという特性を持っていた。
いつからかコカトリスが毒を持ち、見たものを石に変えるという存在だという噂が広まった結果、コカトリスが災厄級に強くなったということである。
二人はコカトリスに対しての事前情報を持ち合わせておらずただのニワトリだと思っていたためコカトリスは本来の力しか発揮できずに倒されてしまったのである。
だがそんなことは当の本人達にも、その他の人にも知られることのない真実である。