とにかく行動あるのみ
「これがあたし…なのか…?」
鏡台に写った少女は頭を抱えている。
すなわち声の主も頭を抱えているということで…
「なんだこりゃ……どうなってんだ…一体……」
思い切り頬をつねってみる。
だが夢は覚める気配がない。
「夢…じゃない…。思い出せ、あたしは……」
少女の脳裏に浮かぶは他校の不良少女達と喧嘩をした記憶。
多数による数の暴力で地べたに這いつくばされ苦渋をなめた記憶。
そして……
反撃をしようとして起き上がった瞬間
鉄パイプで頭をかち割られ、意識が飛ぶ寸前におぼろげながらもあせって逃げ帰っていく少女達の記憶。
「あいつら……」
沸々と怒りがわいてきた。
(丸腰で呼び出しに応じてやったにも関わらずに大勢で来やがって! それに武器なんて持ってきやがった)
やはり怒りが沸いてくる。
「落ち着け、落ち着け。あたし……」
今の状況について考えるべくない頭を捻る。
ムムム~とこめかみに指を指して考えるが一向に思い付かない。
そのときある考えが頭をよぎった。
「異世界転生………」
確信はないがその可能性もある。
姿形が違い、こんなに訳のわからない状況なのだ。
あり得る可能性としてはそれぐらいだろう。
―――なぜこの不良少女が異世界転生なる言葉を知っていたのかは彼の弟に起因する
彼の弟は家に居るときは常にネット小説を読んでいた。
『姉ちゃんも読んでみなよ』
とか言われたため仕方なしに読んでみたがほぼほぼ悪役令嬢だか異世界に転生するという内容であったのだ。
あまり好みではない話だったため今の今まで思い出すこともなかったが状況が状況なだけに脳裏をよぎったのである。
疑問でしかなかった異世界転生という考えは現実味を帯びてきた。
◇◇◇◇◇
「異世界転生ねえ……」
口の中でコロコロと転がすように言った。
先程のまでの困惑が嘘のようである。
実はこの少女、大分さばさばした性格なのである。
しばらくの小考はあったが
自分が死んだこと、異世界転生したことも含めて受け入れてしまっていた。
トントン
扉がノックされた音がした。
「お嬢様、先程の大声は何かあったのでしょうか」
大方先程の鏡台の前で出した大声のことだろう。
「あ、ああ、何でもない」
「お嬢様?」
(言い方が悪かったのか? よ、ようし)
「な、何でもないですわよ」
小首をかしげたような音があったが気にしない。
「そうですか…。それはそうと朝食の時間ですよ。
旦那様と奥様がお待ちです」
「そ、そうですわね。いま行きますわ」
「その前にお嬢様の着付けのお手伝いをしたいので部屋に入ってもよろしいでしょうか」
「え、ええ」
ドアが開いた。
メイドが入ってきた。
そしてそのメイドがパチンと音をならすとぞろぞろと新たなメイド達がさらに部屋の中に入ってきたではないか。
メイド達はタンスから服を取り出しあれよあれよと少女の体に着付けていく。
少女はなすすべもなく、流れに身を任せるしかなかったのであった。
あれよあれよとメイド達に豪奢な服に着替えさせられた少女。
中の人的には服に着られている感じしかなかったが鏡を見ると驚くほどに似合っていた。
(そりゃ、そうか。もうあたしじゃないんだから似合って当然か)
とその時、メイドから声がかかる。
「お嬢様、準備もできましたので食堂にお越しください」
「おー、わかったー」
メイドははてなと首をかしげる。
「お嬢様、先程も思ってましたがその言葉遣いは?」
「う、ん! ちょっと喉の調子が悪くて」
やはりしゃべり方はなれないものである。
◇◇◇◇◇
食堂に着いた。
食堂には少女と瓜二つ――少女がそのまま大人に成長したような女性
穏和な表情のちょび髭を蓄えた男性がいた。
何より驚くべきはその豪奢な服装である。
綿密に作られたと思われる服はそれだけで上流階級だとわかるようなものであった。
「シスタ、早く席につきなさい」
ちょび髭を蓄えた男性が少女に諭すように言った。
「あん、誰だてめえ」
「シスタ! お父様に向かってなんて口を!」
女性がプルプルと顔を震えさせながら言った。
「ハハハ、大丈夫だよ。どうしたんだい? 今日は体調でも悪いのかい?」
(しまった! 父親だったか。じゃ、そうするとこの人が母親なのか)
先程のメイドの言葉を全く持って忘れてしまっていた少女であった。
待っているとテーブルに多くの料理が運ばれてきた。
贅を凝らした料理の数々。
少女は今までお目にかかれたはずもなく―――
少女は目をひんむいて運ばれてくる料理を凝視していた。
料理が全て運ばれ終わった。
(なんだこりゃ!今までこんなの見たことがねえぞ!)
「さて、いただくか」
髭面の男――父親が食事に手をつけようとする。
それにならい女性――母親も。
少女は皿に盛り付けられたものを一口。
衝撃が走った。
(うんま!うんま!うんま!)
食欲のダムが決壊した。
もう止まらない、止められない。
バクバクバクと料理の数々を口に運んでいく。
「うまうまうまうまうま」
口にバキュームカーのごとく詰め込んでいく様はまるでリスのようである。
父親と母親はポカーンとしていた。
ものの一瞬でテーブルに運ばれた料理は全てなくなっていた。
「もっとだ!もっとっ! お~か~わ~り~!!」
使用人も執事も全員ポカーンとしている。
少女はテーブルをフォークとスプーンで叩いて催促する。
「は~や~く~」
「は、はい只今!」
料理人達は備蓄の食料を手早く調理しテーブルに持っていく。
バクバクバクと先程と同じようにバキュームカーのごとくその小さい口に詰め込んでいく。
父親は放心しかけているし、母親は口に手を当てて白目を剥いている。
そんなことは気にせずに少女は料理を詰め込んでいく。
足りなくなったら料理人に催促して持ってこさせる。
こんなことを10回ばかり繰り返すと落ち着いたのか
少女はゲフーっと椅子の背もたれに背中を預け満足そうな顔をしていた。
◇◇◇◇◇
「さてと、腹も落ち着いたことだしデザートでも食べたいな」
少女は廊下を歩いていた。
食べたばかりだというのにまだ飽きたらずに食料を探しているのである。
「おっ、いいもん見つけた!」
少女の視線の先には窓。
さらにその先の外に視線が向けられていた。
外には果物のなる木があった。
―――ならばとるべき行動は一つしかない。
すぐさま外に出て食べるのみである。
木にたどり着いた。
果物を一つ食べてみようと木から取ってみた。
不思議な果物である。
少なくとも日本ではお目にかかったことがないような。
バクリッ
「うんまっ!!」
あまりの美味しさに驚嘆した。
「うまっ、うまっ、うまっ、うま――!」
食べ初めてからものの数分で木になっている果物は全てなくなってしまった。
◇◇◇◇◇
こういった調子で少女は屋敷中のあらゆる食べ物を平らげていった。
使用人や彼女の両親が驚くのも無理はなかった。
―――そして夜になった
「ふあー、眠い……」
(異世界転生も悪くねぇじゃねえの。うまいもんはいっぱい食えるし)
そして彼女は眠りに就いた。
―――就いてしまった。