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98. いきなり本番

「お嬢様? 俺木工やったことないよ?」


 気弱な感じでキャルムが顔を寄せてきて囁く。


「護衛とかいうからだよ。護衛連れている庶民なんていないでしょ。大工さんのところによって、棚の作り方相談してきてよ」

「了解、クロードの側から離れないで。ちょっくら、いってきますわ」


 すぐに行動するところが彼のいいところだ。

 コスツス伯爵から言い渡された護衛という仕事は、放棄しちゃっていますが、大丈夫でしょうか。クロードがいるからと安心しきっているんだろうな。


「さてと君とクロフォードくんはこちらに座って」


 棚を壊したにしては、やたらと優しい。

 作業しやすいようにひとつ席を飛ばして、隣り合わせに座ると、目の前に修理用のレザーアーマーを置かれた。


「縫い方は教える。まずはやってみろ」

「待って! いきなり本番? しかもアーマーって?」


 今日は弟子入り一日目。

 目の前のアーマーは、微妙にカーブしているために縫いにくそうなのと、力の入れ具合がわからない。

 

「間に合わないんだよ。俺ひとりじゃ。縫い方を教えるからとにかくやれ。やらないなら今日限りで破門だ」


 そこまで言われたら何も言えない。

 だから、棚壊したにしては、笑顔だった。それはすべてこのためだった。

 親方は横暴で、何かすると弟子入り禁止を言い渡される。その文字を頭の中にメモする。

 レザーエプロンが用意されて、手渡しされる。二枚の作業エプロンは、キャメル色のエプロンでおそろいの色合いだが、ひとつひとつの動物の生きた証とでもいうように色合いがまったく違ってくる。ポケットの位置も違っていて、所々に穴が開いているのが味がある。

 革は専用の針と糸を利用する。それが目の前に用意され、縫うしかなくなる。しかも結構分厚い。これは何本か針が折れそうだ。私は針を挟んで引き抜く握力が弱いためにいつも工具を使っていた。平やっとこがこの世界にあるのかどうか疑わしい。


「平やっとこってありますか?」

「ないなぁ。どんなときに使う道具だ?」

「私にはなくてはならない道具です。握力を補う道具ですね」


 平やっとこは、通常革を縫うときに使う道具ではない。別のアクセサリーなどを作るときに使う道具だが、私は革の道具として使用していた。革は人に寄って作り方が違う。そのためにどのやり方が正しいとは言えない世界だ。自分に合っているやり方で作成していく。それも魅力のひとつだ。


「この道具の中に近い物はあるか?」


 工具道具を見せてもらったが、近い道具がない。眉をひそめて、腕組みをして考えていると肩をポンポンと叩かれた。


「なかったら、鍛冶屋にいって近い物を見せてもらうといい」

「はい!」

「真由、キャルムを待ってくれ」


 出かけようとして、後ろから声をかけられた。

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