93. レザーアーマー
「早速行ってみましょうか?」
「?」
「レザーアーマーしか直さないという噂の人のところですよ」
「気難しい人じゃないの?」
「レザーアーマーを着たことないからわかりませんが、まあ、行ってみましょう。うまくいけば、道具などが揃うでしょう」
港から歩いて行くと二階建ての建物が多い地区に入る。
子どもたちが遊んでいる姿をよく見かける。
この辺りは居住区らしかった。
シンプルな白い建物に青色の窓枠が多かった。植木鉢の色も青色。白と青に彩られた地区みたいだった。
路地を入って階段を上がると、海が見える。もう一度階段を上がった先にお店はあった。
「こんにちは」
お店に入ると飾ってあるものは、レザーアーマーが中心になっていた。申し訳程度にバッグが売ってあるのが見える。
カウンターの向こう側には、ガラス張りで作業しているところが見えるようになっている。
椅子に座って、一心不乱にガントレットのようなものを縫っている。
こちらに気がついている様子がなく、あまりにも真剣なので声をかけるのがためらわれた。
もっとよく見たいと思って、カウンターから身を乗り出したときにガラスの向こう側の人と目が合った。
「お客さん?」
「こんにちは」
「どういったご用事でしょうか?」
軽く睨まれた気がする。来てほしくないような感じを受ける。
寝不足のような目、目の下にクマができている。
もっと年配の人かと予想をしていたが、予想は裏切られて、同じ年くらいの男の人だった。
マルタさんが言っていた「気難しい男」という言葉が頭をよぎり、このまま回れ右をして帰りたい。
「あのバッグの直しをお願いしたいのですが」
壊れた部分を指し示しながら、話を進める。
ため息がひとつ聞こえた。
仮にも私は、お客様だけどなぁ。
「バッグの直しは致しません。どうしてもとおっしゃるなら、糸と針は用意しておりますのでお買い求めください」
「どうしてバッグの直しはしてもらえないのでしょうか? 需要があると思いますが?」
「あんたには関係のないことだ」
「関係あります。こうしてバッグは壊れてしまっています。これでは物が運べなくて、ただの入れ物になってしまう。ここの部分を縫うだけですよね?」
「こうしている間にも、あのガントレットを預けた奴は防具なしでいる。だから、防具の直しが先なんだ」
「戦っているわけじゃないでしょう?」
「お嬢さん、どこの田舎から出てきている? 森に行くと妖精がいると言われる地域だ。防具なしでいることがどんなに心元ないかわかるか? この間は、町中に盗賊団が入った。彼らはコスツス家のお嬢様を攫い、逃げるところだったんだ。それを傭兵団がやっつけたという話だぜ」
ああ、その話は知っています。当人がいるとは思っていないだろうな。
一番活躍したのは、額に傷があるマインスター伯爵だったが、彼は訳あって素性があかせなかったのだろう。彼こそが盗賊団の一員だったと言ったら、目の前の彼は卒倒するだろうか。最終的には、マインスター伯爵がこちら側に味方をしてくれたために私はまだ生きている。
彼の作業していた場所の後ろ側には、少しくたびれた状態のレザーアーマーが並んでいる。
「あれ、全部お直しの物ですか?」
「そうだ。あれを全部直す。でも、彼らの手に渡るのは、一カ月先だ。彼らはその間、レザーアーマーなしで戦う」
何となく彼の意図するところがわかった。
危険な地区に行く人のお直しが先ということだ。
きっと小さなお直しには、手が回っていない。
「弟子を取りませんか? 小さなお直しならできます」
「ああ、彼か。ありがとう。助かるよ。二日寝ていないから助かる」
クロードの方を向いて、握手をしようとして手を差し出す。
「いえ、俺ではなくて」
クロードが手のひらで、私を指し示す。
「えっ? 君の方? 革仕事って力がいって結構大変だけど?」
「簡単なお直しの方を引き受けます。手伝わせてもらえるなら、そちらの防具もやってみたいですが、未知の世界なので、まずは鞄のお直しから始めたいです」
「……まあ、とりあえずよろしく。ジャック・タナーだ」
「マユ・キリハラです」
「この辺じゃ聞かない名前だな。不思議な響きだ」
握手をした手から、汗がにじんできた。まるで心臓が跳ねた音がそのまま手に伝わったかのようだった。すぐに手を離して、笑顔を作る。笑顔は疑いを払拭するはずである。
気難しい男は、話をするとそこまで気難しくない男に変化した。
噂とはそういうものである。自分で確かめてみないとわからない。




