91. 訳アリ駆け落ち
泣きながら手を引っ張られていき、そのまま路地に入った。
クロードは壁に寄り掛かって、道行く人から私を隠してくれた。
「もう大丈夫」
「目が赤いな」
目を除き込まれて、少し後ろに下がる。
「そんなに警戒してくてもいいだろう?」
「警戒はしていないよ」
「してる」
「していない」
「してる」
「していない!」
「それだけ元気があれば大丈夫だな」
手を引かれて路地から出ると、手に持っている革バッグを握り直す。
クロードが入っていったのは、白い壁に窓枠だけが青色に塗ってあるお店だった。
カウンターには誰もいない。
ベルを鳴らすと遠くから「はいよ」って声が聞こえた。
顎髭を生やした壮年の男性、何か作業をしていたのか、少し埃っぽくて咳込んでしまった。
「ああ、すまないねえ。お嬢さん」
「ハントさん、これお願いします」
「クロード、この見事なドレスいいのかい? この仕立ては、マギーのところの店のだろう? 売っちまうとマギーが悲しむが?」
「マギーにはすまないと伝えてくれ。どうしても要り様なんだ」
「クロードが要り様ねえ。お屋敷、首にされたか?」
「……」
「まさか! 何やったんだ? 真面目一辺倒のおまえさんが! いや女関係か! 昔の悪い癖が出たなぁ」
クロード、昔、何をやっていたのか。
メイドさんたちの流し目が思い出される。
面倒な性格を除けば、確かに顔は整っている。
「これお嬢様のドレスじゃないかい?」
ハントさんは、クロードの背中に隠れるようにして立っている私をちらりと見る。
「マーガレットお嬢様だよな。お屋敷に行ったときに肖像画見たことあるよ」
何かを察したのか。
「クロード、とうとうお嬢様と駆け落ちかい」
小さな声でクロードに確認をしている。
クロードも訂正するのが面倒なのか。
「まあ、そんなところだ。早めに頼む」
クロードの洋服の裾を引っ張り、彼がこちらを振り向くと軽く睨む。
その意味をすぐに察してくれて訂正をしてくれる。
「ハントさん、駆け落ちじゃないから、訳ありってことで」
「大丈夫だよ。俺は口がかてぇからさ。ちょっと色つけて、このくらいでどうだ?」
「もう少し、高めに取ってくれないか」
「うーん。俺からのご祝儀だ! これでどうだ」
「じゃあ、それで」
ご祝儀……ハントさん、完全に信じていない。
周りを見回すと、古い物がたくさん売られている。
アンティークショップってとこか。
「毎度ありーっ! お幸せにな!」
元気なハントさんの声を後ろに聞きながらお店を後にする。
「クロード、私、ハントさんのお店のお洋服がいいけど?」
「いいえ、エプロンワンピースがなかったので却下です」
エプロン付きのワンピースにこだわったクロードのせいで、二軒お店を余分に回ることになる。手に入れたクロード見立てのワンピースは、余分な飾りがなくて、私好みだった。
お店の試着室を借りて、町娘風になった。これで注目を浴びなくて済む。




