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9. エッグスタンド

 ドアを閉める音が聞こえて、メアリーが顔を出した。

 聞き耳を立てていたことを咎める様子もなく、手を差し出された。


「お嬢様、どうぞ。こちらへ」


 私が思い描いていたよりも飾りが少ないドレスが用意されている。

 ひらひらした物があまり得意ではないというのを考慮してくれた。

 一体クロードの用事はなんだったのだろう。

 サイドの髪を後ろに結んだハーフアップ、銀色のバレッタで留めてもらった。ドレスは肩から袖にかけて二重のフリルになっている。足元まで届くスカートの部分には何も装飾がない。

 手際のよいメアリーのおかげで支度が整い、部屋のドアを開ける。さらに目の前の両開きのドアを開くと、朝食の会場になっていた。

 席についている人がひとり、アンナだった。

 なるほど、これがクロードの用事だったのか。


「ありがとうございます」


 椅子を引いてくれたクロードにお礼を言う。

 クロードは人差し指を鼻にあてお礼はいらないといった感じだった。いや、お礼を言ってはいけない。どっちだろう。

 マナーを知らないのは、心もとない。


「おはようございます」

「おはよう、マーガレット」


 他人の名前で呼ばれるのには抵抗がある。

 私には両親がいた。交通事故でなくなってしまったのは小学生のとき、その後に名前の由来の宿題が出た。どうしてもわからなかったから帰ってから叔母に聞いた。私を抱きしめながら、叔母が泣いたことを覚えている。

 ここで真実の名を告げると、すぐにこの家を追い出されそうで黙っておくことにした。

 生活に慣れてきて、生計も取れるようになってから、出ていくことにしよう。

 今は黙って、三食昼寝付きの高待遇のこの場所を追われるわけにはいかない。


「家庭教師が今日来るわ。私と一緒にここで授業を受けてもらうことにするけどいいかしら?」


 いいかしらとお伺いを立てながらも、家庭教師が来るという決定事項を話されても困る。もうそれは覆しようがないので、頷くしか選択肢がなかった。

 

「頷くのではなくて、私の目を見て答えて」

「はい」

「はい、お姉さまよ」

「はい、お姉さま」


 窮屈な場所に来てしまったが我慢だ。

 目の前に朝食が運ばれる。食べ物は元の世界と同じ物が並べられた。

 ひよこまめのサラダと冷菜枝豆のスープ、パン、ゆで卵。

 何の変哲もないようなものだが、サラダのドレッシングは、オレンジ色でピリリとした辛さが感じられるが、最後に甘さがほんのりと残る。枝豆のスープは、冷たいなめらかな舌触りで、豆の味が鼻に抜けていく。できたてのパンは、窯からあげたばかりなのか手に取るとほんのりと暖かい。口に入れると、ふわふわの触感とほんの少しだけ甘みがあって、とてもおいしい。

 こんなにゆったりしながら、朝食を食べるのは久しぶりのような気がした。誰かに朝食を作ってもらえることのありがたさを噛みしめながら食べ進める。

 ゆで卵をテーブルの角にぶつけて割ったら、アンナの驚いた顔が目に入った。すぐにわかったのだが、このゆで卵は固ゆでではなく、半熟っぽいということだった。中身が飛び出たので、慌ててエッグスタンドに卵を戻した。かろじてドレスには卵の中身がかからなかったことを喜んでいたら、クロードと目が合った。目が合った瞬間、耐えられなくなったのか、横を向いて手で口を覆いだした。肩が震えていることから笑っていることがわかった。

 笑ってもらったことで、一瞬固まった空気が緩んだ気がする。

 フィンガーボールで指を洗い、肩に力が入っていたのを少し緩めて、朝食を再開する。

 朝食が終わり、アンナは、笑いがおさまったクロードに何かを話している。

 紅茶を飲みながら、応接間での昨日の続きを期待していたのだが、一向に終わる気配がない。

 待っていた方が確実にアンナを捕まえられることはわかっていたが、いつ終わるともわからない話を待っているよりもこのお屋敷を探検する興味の方に天秤が傾いた。 

 それにバートンさんにお礼を言いたい。

 昨日は顔を見るだけで話をしていなかった。

 メアリーが食器を片付けて、キッチンワゴンを押していくのを後ろからそっと追いかけた。

 このお屋敷が豪華なのはマーガレットの部屋のみであとは小さな作りになっている。追いかけなくても探検していたらわかりそうだが、のぞいてはいけない部屋などを引き当てた日にはお日様を拝むことができない気がするので、いろいろな部屋のドアを開けるのは危険な気がするのだ。このお屋敷からいつか抜け出したいと考えているのに抜け出せなくなったら、自由を奪われることになるのでそれは一番嫌だった。


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