89. メアリーの服
起きた時には、もうメアリーはいなかった。
テーブルの上には、バケットとサラダの朝食が用意してある。
クロードは、席に座り、本を片手に紅茶を飲んでいた。
「ねえ、お兄ちゃん。今日はお仕事行かないの?」
ノアが話しかけた瞬間に本を閉じ、隣の席に置いた。
「今日は、家でのんびり過ごすのがお仕事だ」
「僕、学校行ってくるね。お嬢様、帰ってきてもここにいる? いてよね。急いで帰ってくるからさ」
斜めがけのメッセンジャーバッグにお弁当や水筒を押し込み、口に牛乳を流し込むと一気に呑み込んだ。台所に走ってコップを持っていくと止める間もなくドアを開けた。
「いってきまーす!」
ドアは勢いよく閉まり、後には静寂だけが残った。
これが彼の日常なのだろう。
「いってらっしゃい。それにお嬢様じゃなくて真由だよ」
もうノアに届いていないとわかっていても言いたいことは言った。
昨日、手の甲へのキスでびっくりしすぎて自己紹介をしていなかった。挨拶だからサラマンダーも許したのか。彼の無邪気さがそうさせたのか。
「さてとお嬢様、朝食が終わりましたら、町に行きましょうか?」
「なぜやりたいことがわかったの?」
「大体わかりますよ」
これはドレスを売りたいということも読まれているかもしれない。
スポーツウェアを着ていることに気がついたみたいだ。
「その服装は目立ちますね。メアリーの服を」
「それが合わなくて……」
察してくれたのか無言で何の返事もない。
少し顔が赤い気がする。手で口元を押さえているために表情が読めない。
メアリーが手紙と服を置いていってくれたのだが、胸のところが大きすぎて余ってしまう。私は大きい胸に憧れがあったが、メアリー曰く、いいことありませんと言っていた。
「肩は凝りますし、お洋服が大きめのしか入らないし、かわいい服も着たいのですが、大きめサイズは皆無です」
大きなため息と同時に頭を抱え込んでいた。
私にとっていいなあと思うことが、メアリーの視点でいくとそれは悩みでしかない。自分に価値のあることでも、他の人には違ったりして、違うことが面白いと感じる。
それを逆手にとって、私には普通のことでも他の人にとっては価値のあることを何かみつけられないかなと思っている。
夜は暗くて不安になるせいか、後ろ向きの意見しかなかった。朝になると何かできるような気になっているから不思議だった。




