88. ループする思い
このドレスを売ってしまい、換金することから始めようと思い、ベッドに入る。
ノアの部屋を貸してもらうことになった。
先ほどのやり取りでわかった。
「えーっ、嫌だよ。僕、広いベッドにひとりで寝たい」
「今日は俺と寝るんだ」
「クロードは体温が高いし、途中で寝ているときに毛布をはぐからさ。僕寒いんだよ」
「それにノア、クロードと呼ぶな。お兄ちゃんだろ?」
「はあい、お兄ちゃん。でもさ。お兄ちゃんはお姉ちゃんのこと、メアリーって呼ぶくせにさ」
「あー? 何か言ったか?」
「別にいいもん」
プイっと体の向きを反対にして、出て行ってしまった。
部屋の中は、モルタルの白い壁。あちこち違う人が塗ったのか、同じ部屋なのに違う印象を受ける。所々壁が崩れてレンガがむき出し、作り置きの本棚があるが手作りなのか棚が少し斜めになっている。木のダブルベッドに真っ白のシーツと枕、毛布。毛布は必要ない時期にあると思ったが、どこからか隙間風が入ってくる。日本で暮らしていた六畳一間の我が家が懐かしくなった。
毛布を顔が隠れるギリギリまで引き上げて、首と肩に隙間ができないようにする。マーガレットの部屋が懐かしくなる。暖かい部屋で暮らしていたのだなと思う。
寝てから、窓の外を見るとカーテンがかかっていないせいか、そのまま夜空に浮かぶ月が見える。
何日間もここに置いてもらうわけにはいかない。ノアの部屋をいつまでも占領できない。
何もなくなった自分に何ができるのだろうか。
眠れないが少し肌寒いので、暖を取るために毛布から出ることができない。
「寒いのか?」
サラマンダーが姿を現す。
やさしい子だ。
「寒いの。だけどサラマンダー、あなたがいるから大丈夫」
サラマンダーの姿を見た瞬間、心が温かくなった気がする。
「半身と離れているから寒い、とは思わないのか? おまえ自身の半身だ」
「私自身の半身? カイのこと?」
左手の文様、アイビーの花言葉。「永遠の愛」この世の中に存在するのか、存在するのだったら、みてみたいと思う。カイだってアジサイのように心変わりするかもしれない。雨が強まるにつれて、色を変えていく。
「今を選ぶことができないということは、今を生きていないのと同意義か」
レオポルトが言っていた言葉が思い出される。
私はこれから何を選んでいくのだろう。
「サラマンダー、私ね。カイと一緒に生きていく未来がまだ思い描けないの。カイは自分の仕事を見つけた。私は何ができるのか何をやろうとしているのかまだ決まっていないの。そんな中途半端な気持ちで向き合ってはいけない気がして」
胸の奥が熱くなった気がした。サラマンダーの熱がきっとこちらまで伝わった。
今の気持ちのまま彼の手を取ってしまうと、恋に溺れてしまって、何がやりたかったのかを見失う。カイがすべてになってしまうと彼に負担がかかる。自分も何かを見つけておかないといけないのはわかっているが、その何かがみつからないのだ。それが苦しくてつらい。ゴールのない場所をずっとひとりで走っているかのような息苦しさを感じる。
すべてを失ってしまってから、自分を見つめ直すことになるとは思わなかった。




