87. 文無し宿無し異世界生活
文無し、宿無し、異世界生活スタート。
せめて宿はあって欲しかった。ご飯食べれないよりもつらい。
最初はお嬢様からのスタートだったので、宿無しになったのがこたえる。
メアリーに話しをしたところ、我が家に来てくださいとの招待を受けた。
その申し出はありがたく、お屋敷から出れることに不謹慎にも胸が躍っていた。
太陽は大きく傾き、海に沈もうとしている。本日最後のオレンジ色の光を届けてくれる。
近くには小川が流れ、小さな橋がかけてある。大きな木に囲まれるようにして、赤いレンガ造りの平屋が見えた。煙突がついている。かわいいおとぎ話に出てくるような家。窓際にはお花が飾ってある。
「かわいい」
「我が家です」
明日からのことは明日考えることにして、今日はここにお泊りだ。思い切り楽しもう。
「お邪魔します」
「おかえりなさい!」
メアリーが帰ってくると同時に胸に飛び込んできた人物。
「今日はお客様がいるからね」
顔を上げると瞳がメアリーとクロードと同じ瞳の色をしていた。少年から青年になる前のあどけなさが残る顔。声はメゾソプラノでまだ変声期を迎えていない。
「いらっしゃいませ」
それだけを言うとメアリーのエプロンの後ろ側に隠れてしまった。
「ちゃんとご挨拶なさい」
「あ、よかった。バートンいないんだ」
「いつも言っているわよね? バートンさんでしょ?」
「はーい。本人いたら、そういう」
唇尖らせて言う辺り、カイに似ている。
「初めまして、お嬢様。ノア・クロフォードです」
跪いて手のひらにキスをひとつ。
これはこちらの通常の挨拶なのかどうかわからないまま、たたずんでいたら、ノアから笑顔がひとつ返ってきた。
天使の微笑みだ。髪が銀色でなく、金色だったら、額縁の中の天使が出てきたと本当に思ったかもしれない。
「ノア、やりすぎだ。それはおまえの大事なたった一人が見つかったときにしろ」
いるはずのない人の声を聞いて、振り向くと、クロードが立っていた。
「はーい。かわいらしい人だったからさ。ついね」
「サラマンダー、止めるべきだろ!」
何も返事がない。だけど、ほんの少し右肩が熱くなった気がした。
「クロード、今日はフェアリーハウスへお泊りじゃないの?」
「誰がお嬢様の護衛役がやるんですか?」
「えっ? もうお嬢様じゃないでしょう?」
「手のひらを見せてください」
素直に手のひらを見せる。
「この手を見て、誰もが思いますよ。働いたことがない人の手だと」
メアリーの手を見ると恥ずかしそうに後ろ側に隠されてしまった。私の手は手荒れしていない。水仕事が中心というよりもパソコン打つのが仕事だったからな。
「その洋服ひとつとっても違う代物です」
マーガレットのドレス姿。スポーツウェアは持ってきたけど、異世界の服なので悪目立ちすぎると思い、そのままのドレスで来てしまった。
さっきノアくんには何も言っていないのにお嬢様と言われた。
この恰好が一般的でないことに今になって気がつく。




