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83. 鬼畜王子

 長い廊下を歩きながら、二人と一匹は玄関へ向かう。

 赤いじゅうたんの上、階段を下りながら、カイが話を切り出した。


「ごめん。俺がアンナを連れてきたばかりに」

「そこはアンナ様だ」

「主でもないのに?」

「首になったのは、お前ではなく俺だ。それでもちゃんと様はつける」


 昨日、クロードが必死に努力してくれたことが水の泡となった。


「ごめん。クロード」

「いいですよ。貴方のせいではない。マインスター伯爵の協力は得られましたが、この結果は意外ですね」

「えっ? クロードでも思っていた方向と違う結果だったの」

「うまくいくと思っていました」

「私もうまくいくと思っていたよ」

「アンナ様という波紋を呼ぶ人が入ったことにより、想定外の方向に進んでしまいました。あそこで反論したとしても伯爵の決定は変わらなかったことでしょう」


 玄関を出ると、クロードは、首にきっちりと巻かれたタイを緩めると、それを一気にはぎとると伸びをした。


「さてと追い出されてしまったので、何から始めましょうか」


 太陽に照らされているせいか、彼の顔を直視できない。まぶしいほどの笑顔、すがすがしささえ感じる。こんな顔で笑う彼を初めてみた。


「まずは、フェアリーハウスに行って訳を話してから、出ていくしかないよね」

「そうですね」


 馬車に乗り込むと、クロード、黒猫、私は黙り込んでしまった。

 昨日の顛末は、お屋敷を追い出される形で終わってしまった。

 クロードが馬を走らせて出ていった後にアルベルト様が言った言葉が耳の奥でこだまする。


「手紙には、マーガレットとお庭デートをしてやってくれ。でも、見返りは期待するな。彼女には約束をした相手がいるとだけ書いた」

「それだけで伝わりますか?」

「まあ、約束は守る男だ。それに貸しになっている出来事があるからね」


 私たちの立てた計画は、ひとつだけだった。

 コスツス伯爵の勘違いを最大限に利用する。

 マインスター伯爵は、マーガレット誘拐の片棒を担いていたが、結果的に最後にはこちら側についてくれた。だが、誘拐した事実は残る。彼が指示をして、途中まで計画は進んでいた。エイヴァまで薬を使って利用した。その事実があるために彼はアルベルト様に貸しがいくつになっているのだろう。黙っておくから、アルベルト様が困ったときには使われろということだ。

 マインスター伯爵は、以前マーガレットに求婚をしていた。そこにマーガレットが偶然を装って現れる。マインスター伯爵がお庭デートに誘うことで、コスツス伯爵は求婚の続きだと思ってしまう。それでお庭デートをして、終わりになる計画だった。

 これは時間稼ぎにしかならないが、コスツス伯爵は私を簡単に追い出せないことになる。マーガレットの存在を屋敷の外の人間に認識してもらうことで、簡単に追い出せないという方向にもっていきたかった。

 それにはアルベルト様とマインスター伯爵の協力が欠かせなかった。


「僕だったら、この計画は立てないかな。コスツス伯爵はそんなに甘くない」


 計画が進んでから、否定的な言葉を言われた。

 クロードに手紙を預けて、彼が出かけてから言う辺りがさすがアルベルト様というべきか。


「もっと他に方法があるのに、よりによってこの計画を推し進めるとはね」


 ため息をつかれてしまったが、もう手紙は書かれてクロードの手の中、今頃は町はずれを走っている姿が目に浮かぶ。


「じゃあ、なぜ最初から止めなかったのですか?」

「面白そうだったからだね」

「えっ? ただそれだけ」

「失敗しても君が追い出されて済むお話になるからね。こちらに実害はない」


 どこまでも鬼畜な王子だ。

 きれいな顔の後ろ側には、いろいろな感情が渦巻いている。

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