77. 約束の印の相手
「彼に連絡するのに伝手があるって言っていたよね?」
「だから、あの方に頼むしかないと思うけどな」
「カイ、私。あの人が苦手だって知っているでしょ?」
「知ってるけど、頼めるのはひとりしかいない」
山から下りてきて、二日間。
カイと二人でこのやり取りを繰り返していた。
フェアリーハウスの廊下で話していたら、後ろから忍び寄られていたのに気がつかなかった。秘密にしたいことは廊下で話してはいけないということがわかった。
「ふうん。それで?」
廊下の角から姿を現したアルベルトに息が止まりそうになった。
黙っていたら、いい人そうに見える。だが、外見と中身のギャップが激しくて、きっちり彼を知っていない人は誤解しそうになる。見えていることがすべてとは限らない。
「ア、ルベルト様」
「あー、驚かせちゃった? 僕のことを話していたでしょう? だから、ちょっと驚かせるためにもね?」
「関係ない話なので」
「ふうん。伝手があるんだね。君に」
そう言われると黙るしかない。あの短いやり取りで、何が欲しいのかを察したらしい。
「伝手はない、です」
「僕は彼に貸しがあるからね。お願いは聞いてもらえると思うよ」
「えっと貸しになりますよね?」
「うん。そうだね。僕のために働いてもらうことになるね」
アルベルト様と関わると、ロクなことにならないことはもう体験済みだからわかる。彼の中で大事なものってあるんだろうか。アンナだけが彼を止めることができるような気がしてきた。
「真由、ここは仕方がないと思うけど?」
「カイはそれでいいの?」
カイは私をまっすぐに見ることをしないで、そっぽを向いたまま答えた。
「いい」
彼のことだ。いいと思っていなくて、心外だと思いながら、その言葉を紡いだのがわかる。
「約束の印の相手からオッケーもらえたし、その手の印は、彼には見つからないようにレースの手袋で隠すようにすることだね」
「えっ? 今、約束の印の相手って」
「消去法でいくと彼しかいないよね?」
アルベルトの手はまっすぐにカイを指さしていた。
「バートンはメアリーと付き合っているからなしとして、この間の傭兵の彼も結婚しちゃったし、クロードは昔から伯爵家にいるけど異世界人である可能性は低い。それ以外で君と接触した者を考えたけどいなかったということは、約束の印をつけた相手はカイという結果になるんだよね」
「クロードかもしれないじゃないですか」
「いや、今の君の一言で確信が持てた。カイだね。クロードかもしれないという気持ちがあったから、可能性は低いと言ったけど、君の瞳は正直だね」
しまった。瞳が泳ぎまくっていたのか。目をつぶって壁によりかかえる。
「嘘をつくときは、まっすぐに僕の瞳を除き込むようにして力を込める。全身で嘘をつかないとその嘘は見破られる。君があの時に演じて見せたみたいにね」
あの時というのは、捕まった振りをしてマインスター伯爵の瞳を覗き込んだ。偽物ではないかと疑われて命の危険があった。だが、私は演じていない。
「まあ、君は演じたというよりもエイヴァの名前を出したことで、バレなかったと言った方がいいのかな?」
お見通しだったか。この人はどこまでも先を読んでいく。




