76. 生きていく時間
「そんなメアリーは一緒に生きていく人をみつけたのに」
生きていく時間の長さが違うというのは、辛くて苦しい。両親が亡くなったときに私も一緒に連れて行って欲しかったとさえ思った。生きる希望はなくなり、何をどうしたらいいのか子どもながらに考えた。そんな時にぷくと出会った。でも、すぐに別れがやってきて叔母がいなかったら、今ここに私は存在していただろうか。
「メアリーか。すぐに了承しなかったのは理由があったのだろうが、今があればいいのではないかな?」
「今があってもその幸せは、遠い未来で潰える。それがわかっていても選べというの? 今だけがあればいいと思うの?」
「難儀な性格だな。今を選ぶことができないということは、今を生きていないのと同意義だと思うがな」
その言葉に衝撃を受ける。私は今を生きていない。それを目の前に突き付けられた気がした。
「何も選ばないことが正しくないとは言えないだろう」
「カイ」
「ほう? 騎士の登場か。姫は騎士に守られて居心地のいい館で暮らしました。そんな物語が似合いそうな二人だな」
「何が言いたいの?」
「もう答えは出ているじゃろう?」
自分の中に答えはあるだろう。そう突き付けられても私は何も選ぶことができない。誰かと一緒に生きていく未来は想像できない。
「姫はいつまで昼寝するつもりかのう?」
それは私の後ろにいるカイに向けた言葉だった。
「いつまでも待つさ」
「じじぃにならなければいいがのう」
「人の生は妖精と比べると短いかもしれないが、面白いこともたくさんある。困ったこともあるけどな。真由が答えを出すときは来る。その時までにちょっと努力はしておきたいからちょうどいいんだよ。今は昼寝中でちょうどいい」
彼の手が肩に置かれる。すぐに答えを出さなくてもいい。その言葉に甘えている自分がいる。
「カイ……私」
「今、集中することはひとつだ。メアリーのことを知ってしまっても真由ができるのは、二人のことを見守ることだけだ。真由の言葉が少しは影響しているとしても、選んだのはメアリー自身だ。他の誰でもない。だから、君の未来も自分で決めてほしい。もし、伯爵家に居たいと思うならば最大限に努力しないと後で後悔するのは嫌だからな」
また泣きたくなった。なぜそんなにこの人はやさしい言葉をくれるのだろう。
カイに涙を見られないように上を向く。
「……私、努力する」
その一言を伝えるのに時間がかかった。
「よし、やるぞ」
まずやることはひとつだけだ。伯爵に娘だと認めてもらうことだけに集中する。
「彼に連絡を取らないといけないけど、どうやって連絡をするの?」
「伝手はあるよ。心配する必要はないよ」
最初に会ったときに私が猫である彼の鼻の頭を触ったようにして、そっと私の鼻を触るとカイは瞳を覗き込んだ。あまり近くで見られることがないために頬が赤くなっていく。
「本当に伯爵家の娘なんだな。瞳が伯爵と同じ色だ」
すぐに後ろを向いてしまったので、カイがどんな表情をしていたのかわからなかった。




