74. 不確定要素
「犬の名前はレオポルトだ」
カイが変なところで、会話を挟み込んできた。
「レオポルト? 誰から名前を教えてもらったの?」
「彼」
「?」
カイは犬のレオポルトの方を指さした。
「指さしはあまり品がよくないぞ」
低い男性の声、妖精関係かなと思いながら辺りを見回しても妖精らしき姿は見えない。
「久しぶりじゃな。マーガレット」
「え? 私のこと?」
犬のレオポルトから言葉は発せられていた。
「犬がしゃべった!」
「レオポルトだ。犬ではない!」
「ごめんなさい。レオポルト、はじめまして?」
「子どものとき、マーガレットがつけた名前だ。忘れたのか?」
「マーガレット……」
他人の記憶ではないのか、いよいよ不思議になってきた。しゃべる犬の記憶、それはすごく普通じゃないことで覚えていないとおかしいことの部類に入る。
やはり私はマーガレットではないという思いが心の中で広がっていく。
世の中には、自分に似ている人が三人いるという。
出会っていないだけでどこかにか本物のマーガレットがいると考えてもいいかもしれない。それは可能性であって不確定な要素を含んでいる。逆をいうと私も不確定な要素の一因だ。
「レオポルトって人は屋敷にいなかったがな」
カイが猫に変身したことで、他の人のことも変身するという思考がセオに根付いてしまった。
「セオ、そいつは犬の妖精だと思う」
「妖精? 自分には見えないはずだがなぜ見える?」
「名前をもらったことで、実現化したのじゃ」
「名前をもらう妖精は実現化する?」
「この世界での名前をつけてもらうことで、妖精の国の名前と違う名前で呼ばれることで実現化することになるのじゃよ」
「ずっと生きていたら、変に思われるよね?」
「代がかわるごとに姿を変えてきた」
セントバーナードの茶色と白の毛並みがみるみるうちにブラックとダークグリーンの毛並みに変化していく。ほぼブラックだが、耳と尻尾がダークグリーンの毛並みが混じっている。大きな体がさらに大きくなり、その辺に丸くなって眠ってしまったら、大きな黒い岩だと勘違いしそうだ。
「伯爵家に恩があるの?」
「いや、こいつは恩があるというよりも妖精の国へつながる道の番人と考えていいんじゃないか」
カイがそう言った瞬間、レオポルトの瞳の眼光が鋭くなった気がした。気のせいだと思いたいが、彼の殺気だった様子がそれを裏付けている。
「カイ、何でそういうこと知っているのよ」
「フェアリーハウスの本棚に妖精関係の本が揃っている。今度一緒に見よう」
「妖精の国へつながる番人なら、なぜアンナを止めなかったの?」
「本物のマーガレットが妖精の国へ行くことが必然だったからじゃな」
それにはどんな意味がある? 本物のマーガレットが妖精の国への門をくぐる。
「待って。マーガレットは妖精の国へ帰ったよね?」
「君が本物だろう。小さい頃に会ったときと同じ香りがする。それに彼女は違う名前を持っておる」
「マーガレットの本名は何という名前なの?」
「……」
今まで問いに答えていた妖精は黙ったまま、何も語るつもりはないようだ。
「妖精王の嫁と言えば、ひとりだけだ。ティターニアだろう?」
カイがその名前を言った瞬間に風が巻き起こった。後ろからカイの口を手でふさいだセオが鋭い口調で言った。
「妖精の国の名前は不用意に使うな。連れて行かれるぞ。この世界で彼女はマーガレットだった。使うならマーガレットの名前を使え」
「賢い選択じゃな」
二人のやり取りから、真の名は口に出すなということがわかった。




