73. レア本
「セオ? レアな本があるとか言っていなかった?」
「言った」
「本棚が別の用途に使われているんだけど、どういうこと⁈」
本棚はすべて物置と化していて、ケトル、革リュックスペア、テーブルなどがこれでもかというほどに詰まっていた。これは山に対する愛の表れだと思って、優しい眼差しを注ぐべきなのか、嘘つきだと言って、なじるべきなのか迷ってきた。
セオは、革リュックを下ろし、キッチンの上の棚を開けた。そこに古い一冊の本がしまってあった。
「これ」
「古い本……ね」
おとぎ話のようだった。きれいな挿絵が入っている。
むかしむかし、あるところにから始まるお話は世界共通のようだった。
懐かしさに胸を焦がしながら、読み進める。
「このお話って」
「そう、どこぞの話と似てねえか? だから、マーガレットの話を全部聞かなくても先がわかった」
小さな女の子が遊んでいて、森に入り、忽然と姿を消した。それを悲しんだ両親は、妖精に娘を帰してくれと願う。両親は妖精が娘を気に入って隠したのだと思っていた。妖精は、争いを好まない。娘そっくりの妖精の子どもを差し出した。何年かたち、妖精の子どもは、金色の瞳と髪が隠せない年齢になってしまった。自分の子どもとは違った髪の色に両親は疑問を抱き始める。そのときに妖精王が現れて、妖精を見ることができる子どもを差し出せと言う。
「このお話の続きはないの?」
「続きはない。ここでお話は終わっている」
「この昔話が伯爵家に伝わっていたら」
カイの後悔のような声。彼はマーガレットの手に約束の印を残すこともなかった。
「伯爵家にこの本はない。なぜかわかるか?」
セオの問いに考えてみたが、答えがわからない。
「理由はわからないよ」
「あくまでも自分の見解だが、妖精の子どもの身の安全を守るためだろう。マーガレットが暮らしていたフェアリーハウスの本棚にも本館にもこの本はなかった。故意的に隠されたというのが本当の真実なのかもしれない」
こんなことができるのは、妖精の中でも詳しい事情を知っている者。妖精王の手によって隠された。そう考えていいだろう。
「これは持って帰ったら、隠されるってこと?」
「昔からこの山小屋にあったものだ。この場所から動かすとここにいつの間にか同じところに戻っている」
手がかりの本を見つけたが、ここから動かすことはできなさそうだ。伯爵にここまで来てくださいと言うわけにもいかないし、どうしたものかと考える。




