69. アイディアが浮かばない
「どうしよう。何も思い浮かばない」
みんな顔を見合わせて、そうだよねというように頷く。まずは仕事だなと言いながら、散り散りに去っていく。
「あー、待って。どうしたら?」
「とりあえず仕事しながら考えようと思いますので、お嬢様はごゆるりと」
「真由、ごめんなさい。新しい子たちに仕事の割り振りをしないといけなくて、明日一緒に考えましょう」
「頑張れ」
最後にカイからやる気のない頑張れをもらったところで、台所が仕事場のバートンさんのみが残ったというかどこにも去ることができなかった。
「どうしたらいいの?」
「まあ、悩んでも一緒だな。追い出されたときはそのときはそのときだ」
テーブルの前に座って考えていても何か良い案が浮かぶわけでもない。
アイディアが沸いてくるってどんなときだろうと中庭のベンチに座り直す。歩いているときがいいと聞いたことがある。とりあえず散歩をしてみることにした。
アンナが私は山に行ったときにいなくなったと言っていた。地球へと続く道みたいなものがあるとしたら、そこが手掛かりになる。山へと続く道をたどることにした。
歩いていくと白い物があちこちに見える。ああ、これはアンナがまいた貝殻のかけら、それがまだこんな風に残っていたのかと思うと懐かしくなった。妖精の国に行ったのは、まだそんなに時間が経っていないというのにどうしたのだろう。すごく帰りたいような不思議な気持ちだ。
「おっと危ない。お前さん、妖精付きだな」
「妖精付き?」
「妖精の思念に惑わされるな。この辺を歩いていると妖精たちの気持ちが強く残っている。どこか近くにフェアリーリングがある。気をしっかり持て」
「帰りたいの」
頬を容赦なく打たれた。目から一瞬火花のようなものが見える。それぐらいにひどく殴られた。
「ひど! 乙女の頬を叩くなんて!」
「お! 正気に戻ったな。顔はマーガレットそっくりだが、性格違うな。おもしれえな」
「誰?」
「山の管理を任されているセオだ」
「でた! 山師!」
「やまし? ああ、山師とは違う職業だ。山の管理者で家は山の上の方だ。一週間に一回、食料調達に山から下りてくるようにしてる」
緑色の短髪、大きな瞳はブルーに輝いていた。体つきは細いと感じられたが、腕と足の筋肉が服の上からでも盛り上がっているのがわかる。
セオは私の肩のところに手を置くと肩のツボを押さえるようにして力を入れる。するとサラマンダーの姿が浮かび上がった。
「おまえさんが妖精の国に帰りたいのはわかるが、彼女まで巻き込むな」
何も言わないまま、サラマンダーは姿を消した。
「妖精が見えるの?」
「ああ、感じると言ったらいいかな。人付きの妖精は匂いが違う。大体この辺にいるというのはわかる。でも、人についていない妖精はわからない」
不思議な人だ。動物が持っている野生の勘のようなものを自然に寄り添って生きることで身につけた。そんな感じの人だ。
「きれいな山の水が通っているかのような透き通った感じの匂いがする」
「うーん。私にはわからないなぁ」
「山に一週間ほどいると、視覚と嗅覚が同時に鍛えられる。どうだ? 暮らしてみるか?」
山の生活をおすすめされてしまったが、キャンプを一週間するようなものだったら無理だと思う。
「無理です」
「うーん。きっぱりしているな。面白くない。どうだ? 山の生活を」
「何度誘われても無理です」
「妖精について、何か聞けるかもしれないぞ」
「どういうこと?」
「バンガローに妖精系の本がある。伯爵家にもないやつだ」
体は正直だ。その本を見たいと思っている自分がいる。喉が唾をのみ込むのが遅くなり、音が聞こえてしまった。
うまく興味を引くことができたことにガッツポーズをしている人がいる。でも、彼は背を向けながら手を振った。
「そうか。残念だな」
「行きます! そこに行く!」
セオは振り返ると否定的なことを言う。
「そのドレスでは無理だと思うが?」
「ぴったりの服装を持っています! 待ってて!」
頭の中にあるのは、スポーツウェアだった。メアリーとクロードには、囚人服として認定されていたが、何かあるかもとしまっておいてよかった。クローゼットの肥やしにしかなりそうになかったが、ここで出番がくるとは思わなかった。




