68. ジャーマンカモミール
妻だろうが、友達だろうが、利用できる者はすべて利用する。
そんな彼を支えていける人は、私ではない。
私は伯爵夫人の座を得たとしても逃げ出すに決まっている。
それにこの人と結婚だけは、心底嫌だと思う。
その嫌な人を親愛なるお姉さまに押し付けるとは、妹としてはかなりダメ人間かもしれない。だけど、その嫌な人をいいと思っているのは、アンナである。だから、いいのだと自分に言い聞かせていた。
伯爵家本館から、隙をついて逃げてきた次の日に事件は起こった。
引き止めるようなアルベルト様とアンナの顔が思い出される。
手元に届いた手紙は、四通。昨日会った人数とぴったり合ってしまう。
「今日行くわね。覚悟しなさい。アンナ」
次の手紙を開くと
「二週間以内に娘だと認めてもらうこと。アルベルト」
またまた次の手紙を開くと
「親愛なるマーガレット、いつ一緒に住めるのかしら?母より」
最後の手紙は開かなくても誰からなのかわかった。達筆すぎてわからない字に後回しにしてしまった。
「カイ、読んで読む気が失せてしまったから」
「えっと? 二週間猶予をやろう。それまでに出て行きたまえ。コスツス伯爵」
二週間という符号に体が反応してしまった。私が煮え切らない態度を取ったから、強硬手段に出たといった感じだ。ご当主様に助言した人がいる。その人は、二週間という期限を設け、そうせざるを得ないように仕組んだ。
ひとりの顔しか思い浮かばない。
「二週間かぁ」
「真由、アルベルト様から報酬と言われていたのもらったの?」
「あのさ。ひとつお店をもらう約束だったけど、あの攫われた家覚えている? あの家をやるって言われたの。悪い夢見そうだから、断ったの」
「あの人も悪趣味だよな」
「ほんとっ、やめてほしいわ!」
二週間でコスツス伯爵に娘だと認めてもらう? どう考えても無理な案件だった。できれば引き受けたくない案件だが、引き受けざるを得ないところまできていた。
日本への帰路は失った。退路であるお店もなくなった。前に進むしか道はない。
しかもあの店を断ってしまってから、この話は出ている。
用意周到、その四文字熟語が頭に浮かび、怒りを堪えながら深呼吸を繰り返していた。
その様子を見てなのか、バートンさんが用意したお茶はいつもの仕様と違っていた。
透明のガラスでできたティーカップとソーサー。それに注がれたのは、紅茶ではなく、ハーブティーだった。
「ジャーマンカモミールだ。イライラを抑えてくれるはずだ」
「ありがとう」
清涼感のある香り、喉を通るときも気持ちの良さを感じた。そのハーブティーを一口飲むごとに冷静さを取り戻していった。




