67. わが身かわいさに
「あなた、マーガレットのことを娘でないとおっしゃるの?」
「そんなことは」
そんなことはないと言う言葉は、いつまで待っても伯爵の口から出ることはなかった。目の前にいる娘はマーガレットではない。そう思っているのだから仕方がない。私もにわかには信じがたい思いでいる。
「真由」
アルベルト様に名前を呼ばれると違った意味で胸が跳ねる。今度は何を言い渡されるのかわからないからだ。手招きされるままに彼の側に行く。
「真由、アンナ、行こう」
何もお許しがないまま、伯爵の執務室を後にする。
「いいの? 勝手に失礼をして」
「あのやり取りは、きっと長くなる。だから、アルベルトの言う通りに退出した方がいいと思うわ。最初、私もお母様の言っている意味が全然わからなくて、みんなお母様の言葉を無視した結果がこれなのよ。だから、少しくらいは、お父様もお母様のことをしっかりと受け止めた方がいいわ」
「真由、次に君がすることはわかっているね」
いきなりアルベルト様に言われた意味がわからなくて、頭の中がはてなマークでいっぱいになる。
「次にすることとは?」
ああ、アルベルト様の端正な顔に漫画の怒りマークが見えそうだ。目を閉じて震えている。
「君には頭がないのかな?」
「えっと頭はあります」
「だったら、次にすることはわかるよね?」
いろいろと考えてみたが、考えたくない事項が頭をよぎるのを感じたため、思考停止した。わからない振りを演じてとぼけるべきなのか。
「えっとよくわからないかな?」
「だから、君はダメだというのだよ。目先のことしか考えない。今、ごまかせば済むと思っているその心がダメだ」
「いやぁ、アルベルト様にそれを言われたくないと思います」
「それは君が思っているのかな?」
アンナがびっくりした顔をして、アルベルトの顔を覗き込む。
「あなたもそんな風な言い方をするのね。びっくりしたわ。私にはそんな言い方は一度もしないわよね? もしかして婚約者は、真由の方がいいのかしら?」
アンナの心からの声がこぼれたことに驚いたのは、アルベルトの方だった。
「僕の婚約者は、ひとりだけだと言っているだろう? 君以外の誰が相応しいと考えているのか聞かせてもらおうか?」
「一度、メアリーとも結婚を考えている。そう言っていたから、私は伯爵家を継ぐならば、妖精が見える娘が相応しいのではないかと思っていましたの。あなたが言い出したことだわ」
「君が僕に興味がなかったから」
「興味はありましたわ。だけど興味がなかったのはあなたの方ですわよね? 本当にメアリーを口説いていましたわよね?」
私は馬鹿らしくなって、二人を廊下に置き去りにして、フェアリーハウスに帰るために玄関へ向かう。
「「真由⁈」」
二人に呼び止められて、止まる。
「あのですね。こう言っては何ですが、両想いのお二人の喧嘩に付き合わされる人の身にもなってください。それじゃ」
「両想い?」
まさかアルベルト様、あれだけ人の心に鋭いのに、恋愛には疎いとか?
「メアリーはバートンさんと付き合っているので、アンナ安心して」
「えっ? メアリーってそうなの?」
「アンナ、自分の幸せのことを考えてほしいの。私はあなたに幸せになってもらいたい」
そして、婚約者は真由の方がいいなんて馬鹿なことは考えないでほしい。彼はどうやってもアンナの婚約者でいてほしい。この伯爵家の跡継ぎとして、二人で支え合っていってほしい。これは決して私のためではないと自分に言い聞かせながらもはっきり言って自分のためだった。




