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66. 大きな力

「ただいま帰りました」


 お父様の前に行ったら、そう言ってドレスの裾をつまみお辞儀をする。アンナ先生はそう言ったが、冷たい視線が返ってくるだけだった。


「君が本物のマーガレットだとでも言うのか!」


 ご当主様は怒りにくるっていた。机を激しく叩かれ、自分が叩かれたように心が痛い。

 どう言ったらいいのかわからずに立ちすくんでいた。

 ノックの音が響き、アンナが顔を出してくれたと思って喜んだのもつかの間、扉の向こう側に立っていた人物はアルベルト様だった。


「マーガレットとは似ても似つかない。君は完ぺきに演じているつもりだろうが、誰に頼まれた?」

「私は誰にも頼まれていません!」


 そう言ってもコスツス伯爵の瞳は揺らがなかった。


「伯爵、彼女は見かけだけはマーガレットに似ています。このまま伯爵家の駒として動いてもらうのもいいのではないでしょうか」


 毛穴という毛穴が開いて、鳥肌が立ったと思うくらいに目の前の人が怖いと思った。

 何もかも捨てて、ここから出て行きたい。そんな衝動に駆られた。


「マーガレットは、気立ての優しい娘だった」


 ノックの音もなしに扉が開いた。そこには、アンナに支えられながら、寝間着姿のままの貴婦人が姿を現した。スカーレットの髪とトパーズの瞳、アンナと同じ容姿。少しやつれた頬、唇は色をなくして、具合が悪そうだった。

 私を見つめると近くまでやってきて、瞳を覗き込まれた。


「ああ、この色。帰ってきてくれたのね。マーガレット」


 涙を流しながら、抱きしめられた。私よりも少し低い背丈、思い当たる人物はひとりだった。お屋敷の中に入ってきたとき、長い長い廊下があった。その途中で見かけた肖像画の中で微笑んでいた人だ。


「あなた、ありがとう。やっとで私の望みを叶えてくれたのね。マーガレットを探してくれてありがとう」


 コスツス伯爵に「あなた」と言える人物は、コスツス伯爵夫人、その人だった。

 アンナが出会ったときに言っていた。病の床にいるお母さまに会ってちょうだいと言っていたのを思い出した。病にかかったのは、最近ではなく、このふらつきとやつれ具合からして、もう大分前のことのような気がした。マーガレットがお嫁に行って倒れたと思っていた。見えぬお婿さんに胸を痛めて、心を病んでしまったと勝手に想像していた。

 

「お父様、お気づきにならない? その子の瞳は、マーガレットよりもお父様の瞳と同じ色をしている。あの日、マーガレットを探して森に入ったとき、連れ帰ってきた娘をお母さまだけは娘だと認めなかった」

「それでは今までいた娘がマーガレットではなかったというのか! 妖精王に嫁いだのは誰だというのだ?」


 この言葉をつなぎ合わせると、伯爵夫人は、最初から自分の子どもとして、マーガレットを認めていなかったということになる。取り換え子(チェンジリング)に気がついていた。

 マーガレットはどんな思いを抱えて、この場所で過ごしたのだろう。

 伯爵夫人は、ただ自分の娘を返してほしいと願い。マーガレットは元の場所に戻りたくても戻れなかった。

 この世界がバランスを保つためにまるで意思を持って、そうやってことを運んだかのようだ。

 何か大きな力に左右されているような気がして、背筋に悪寒が走る。

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