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62. つながれた右手

「俺の気のせいでなければ」

 あの場所にいるのは、俺のはずだった。


 エプロンのまま外出しようとしたら、みんなから引き止められ、着替えさせられた。

 白いシャツに黒いパンツスタイルに黒のロングブーツ。

 ジャケットは暑くて着用したくないと言ったら


「片手に持っていけ。それが最大の譲歩だ」


 クロードにそう言われたが、それは面倒だと台所の椅子にかけてきた。

 今頃はそれを見つけたクロードが怒りまくっている頃か。 

 料理人は火を使う仕事だから、短髪だとかえって熱いために髪は伸ばしてひとつ結びにしていた。

 フェアリーハウスに届いた金色の招待状を見たときは、目を疑った。

 蒼白になって、立っていられなくてつぶやいてしまった。


「どうしてこうなった?」


 心の中で呟いた言葉が現実になり、口をついて出てしまった。

 カイの右手が肩に置かれる。

 同情的な置かれ方に腹が立つ。


「そうだね。バートン、俺もそう思うし」


 肩に置かれた手を睨みつけながら、自分の不甲斐なさを嘆くしかない。

 ステンドグラスが正面の窓を飾り、妖精の像が立っている。

 きれいな白のドレスに身を包んだ女性が笑っている。

 教会の席に座り、神の前にたたずむ新郎と新婦を見つめていた。


「俺の気のせいでなければ、あいつ、旅するのが俺の人生だみたいなこと言っていなかったか?」

「そうだったよね。気のせいじゃないよ。絶対そんなこと言っていたよ。バートンさんがひとつのところに落ち着いたらどうだ?と言っていたのに旅が俺の人生だと言ってたよ」


 真由が力説している。


「私、次に結婚式に参加するなら、バートンさんとメアリーだと思っていたのに」

「真由、それを言うなよ。バートン、へこんでいるよ」

「えっ、ごめんなさい」


 メアリーが真っ赤な顔をして、バートンさんの手を握る。

 手の温かさを感じてか、バートンさんがメアリーに笑いかける。

 二人の仲は順調なよう、前のような不安定さはなくなり、屈託のないメアリーの顔がそれを証明している。

 金色の招待状には、フェアリーハウスの全員の名前が書き記してあったが、クロードは行けないと話していた。

 妖精王とマーガレットが妖精の国へ帰る前に起きた出来事。

 クロードが今日の結婚式に出席できない理由。元はと言えば、私のせいだった。

 ドレスと一緒にクロードの手袋をお風呂場に忘れてしまった。その手袋があんな波乱を起こすとは思っていなかった。

 マーガレットがお嫁に行ってしまい、主人のいないフェアリーハウスを仕切っていたのはクロードだった。ブラウニーは、クロードの手袋を間接的に受け取ってしまい、妖精の国へ帰ってしまった。人手が足りなくなったフェアリーハウスに本館から三人のメイドさんがやってきたが、全員クロードのせいで辞めてしまった。

「人数増えるよりもブラウニーの方がいい」

 その言葉を聞いてしまった三人は、その日のうちに荷物をまとめて家に帰った。本館にも戻らなかったためにクロードはご当主様に呼ばれてしまった。

 いや、妖精と比べられたくないと思う。


「えっとあの傭兵さん、名前なんだっけ?」

「真由、招待状読んだだろ? 大丈夫か?」

「うーん? そうだ! キャルムだっけ?」

「そう、そんな名前だった」

「カイもうろ覚えじゃない!」

「だって横文字名前。俺、苦手」


 馴染みのない名前は覚えられない。そんなふとした拍子に思い出す。

 懐かしい日本の風景。いつも日常に側にあったものがあるとき、急に見れなくなってしまった。その喪失感を今でも埋めることはできなくて胸が痛くなる。

 それは急にやってきて、ひょっこりと顔を出す。

 私はその痛みをどうしたらいいのかわからなくて、嵐が過ぎるのを待つ。荒ぶる気持ちをどうにか抑えて、長い長い溜息をつく。

 その一部始終をカイに見られていた。


「どうした? 寂しい?」

「大丈夫」

「大丈夫って顔してないぞ。ひどい顔をしている」


 頬に触れて見つめられる。嘘を隠すのがうまい方ではない。

 顔を見られたくなくてうつむく。下ばかりみてはダメだということはわかっている。でも、今は表情を読まれたくない。もう片方の手も頬に添えられて、頬を挟みこまれた。

 頭の上にキスをされて、我に返る。

 頬が染まるのを止められない。カイの顔を見るとご馳走様と言わんばかりに満足そうな顔をしている。


「いいいい、今」

「うん。キスした」

「えぇぇぇー!」

「厳粛にお願いします」


 教会に座っている皆様から、唇に手をあててしーっと言われてしまった。

 新郎、新婦は、顔を見合わせると一瞬驚いた顔をした。


「私たちより先に神様に誓いをたてた子がいるみたいね」

「あいつら、まったく何かやらかしてくれると思った」


 苦笑いでこちらを見ている。


「迷惑かけちゃったじゃない」


 カイは、いつも何か言ってくれるけど、黙って手を握ってくれた。

 寂しい気持ちが伝染しなきゃいいなと思いながら、つながれた右手をずっと見ていた。

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