59. 手袋の使い道
「帰るぞ」
妖精王がマーガレットに手を差し出す。
納得がいかなくて、なかなか会えない人物を足止めするために疑問を投げかけた。
「でも、アンナは妖精が見えない。マーガレットが妖精だったら彼女には見えないはず」
一縷の望みにすがったが、それは妖精王の一言によって粉々に打ち砕かれた。
「マーガレットはそこに存在していただろう。だから存在する」
しばらく思考が停止して、言葉を呑み込むのに時間がかかった。マーガレットはそこにいると認識されている。そこで妖精のマーガレットが取り換え子として、人間のふりをしても存在が認められる? 哲学的になってきた。そこに存在していたものは、存在すると認識しているから見える。妖精の存在を信じていれば誰にでも見えるということなのかなと解釈をした。
私の頭では整理がつかない。髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
この質問をしたことで、私が人間のマーガレットである線が濃厚になってしまった。
自分で自分の首を絞めてしまったことに気がついたがもう遅い。
「忘れ物をした」
妖精王はそうつぶやくと、クロードの前に来て手袋を地面に投げつけた。
決闘か! そう思って、不謹慎にもちょっとわくわくしてしまった。
あの手袋には見覚えがあった。妖精の国でお風呂に入る際に忘れてきてしまったクロードの手袋だとわかった。
返却するにしては、何かおかしい。
クロードの影から、小さな緑色の小人が姿を現した。目は大きく茶色の穴がいくつもあいている服を着ている。小さな靴を履き、どこかを掃除していたのか小さな手には箒を持っていた。その箒をそっと地面に置くと、手袋をじっと見ている。あの小さな手には見覚えがあった。昨日、疲れていたときにティーカップを用意してくれた小さな手だった。
クロードが何かを悟った顔をして、手袋を拾うために手を伸ばす。それよりも早く小人が拾った。
「ブラウニー、それは違う! 俺が渡したんじゃない」
クロードの叫ぶような声に顔をじっと眺めていたが、右手の手袋と自分の持っている手袋を眺めていた。古さが一緒なのを確認してなのか、クロードの左手を観察しだした。
「左手だけ新しい」
ちょっとしわがれた声でそうつぶやくと、魚が跳ねたような音を残して、小さな小人は消えた。
「ブラウニー、帰ってこーい!」
「あいつ、働き者だったのにな」
カイが自分には関係がないよみたいな感じで言ったので、クロードが飛びかかるようにして胸倉をつかみ、彼をつるし上げた。
「おまえ、連れ帰ってこい」
「無理、無理だって。ギブギブ、やめて。それに犯人俺じゃないし」
一旦落ち着いて、クロードがすごい形相で妖精王を睨むと彼は平然として言った。
「忘れ物を返しただけだが?」
「あんな返し方あるか! せっかく気の合ったブラウニーだったのに」
あのブラウニーと呼ばれる妖精は、箒を持っていたから、どこかを掃除したり、お茶を淹れたりしてくれていた。お手伝い妖精のような存在。フェアリーハウスの人数が少ないのに掃除が行き届いている理由がわかった。
気の合うブラウニーということは、気の合わないブラウニーもいたということだ。クロードと気が合う妖精に手袋を渡すことで、解雇の意味をもたらした。体の一部である服を渡すと、自分の国に帰る妖精のお話を思い出した。あのブラウニーだったのか。お礼を言っても妖精の国に帰ってしまうはずだから、ハーブティーを淹れてくれたときに何も言わなくてよかった。あの時「ありがとう」と言葉を発していたら、クロードの逆鱗に触れたのは私のはずだった。だからセーフだ。
妖精王、絶対嫌がらせだ。彼は事あるごとにクロードに突っかかっていっている気がする。
「マーガレットの初恋の相手がクロードだったからって気にするな」
カイの一言にすごい形相をした三人が彼を取り囲んだ。マーガレットは真っ赤な顔をしてすぐにそっぽを向いた。クロードはえっ、そこ詳しくという顔をしているし、妖精王は気に入らないというような形相で彼を睨んだ。
「帰る。これで用事はすべて済んだ」
妖精王がマーガレットの肩に触れると当たり前のように腕組みをして、二人は見つめ合った。遠い昔からの約束事のようにして、当たり前の日常がそこにあった。
クロードが苦い顔をして、目を伏せた。手袋の音が鳴るくらいにきつく手を握り締めている。
手が触れる場所にあった。でも、手を伸ばしてはいけない存在だった。
今はもう手が触れることができない場所にマーガレットはいる。
どちらが苦しくてつらいのだろう。




