58. 異質な存在
「わたし、ずっと感じていたの。自分の異質さに小さい頃からわかっていた」
「あなたのどこが異質なの? 私の妹でしょ?」
首を振るマーガレットにアンナは涙をこぼした。
マーガレットには、アンナと話した方がいいと言ったけど、同席したいとは伝えていなかったはず。なぜか二人の真ん中の席に座っている。同席を促され、適当にお茶を濁していたが、最後にはマーガレットが乗り込んできた。
「あなたにも関係がある話なの。絶対同席してね」
やわらかいふんわりとした雰囲気でしゃべる人なのに「絶対」という言葉を使うことで、有無を言わせない感じに変身する。
中庭設置のテーブルと椅子に座っていると、三人分のお茶とサンドウィッチが運ばれてくる。
この場所で話をすると屋敷全体に話が知れ渡ってしまう気がする。
「私の妹でしょう。違うの?」
「ある日突然、自分そっくりの女の子が妖精の国にやってきた。その時にわかったの。自分の異質の原因がわかった」
自分のことが言われているとわかって耳を傾けた。
「私は小さい頃から体が弱かった。このフェアリーハウスに移り住んだ途端、元気になった。森が近いからかしら。妖精の国に行ったときに思ったの。ここが私のいる場所なんだと」
「私には見えない! だから、あなたの言う場所がどこだかわからない!」
アンナは自分がフェアリーリングの中を通ることは考えていない。一度通ってみたら、いい。帰り道は空から落ちてくることになるけど。
あの時のことが思い出されて、身震いが起こった。
アンナがいたら、話が進んでいかない。話を前に進めたくて、思わず口を挟んでしまった。
「異質さの原因は何だったの?」
「わたしという人間が人ではなくて妖精だとしたら、それは納得がいく答えになる」
「取り換え子か」
今度はカイが台所でお茶を飲むふりをして聞き耳を立てていたらしく、つぶやいた言葉がやけに大きく響いた。
「マーガレットが妖精だったら、じゃあ人間のマーガレットがどこかにいるってこと?」
そう言ったときに視線が全部私に集まっていることに気がついた。
バートンさん、メアリー、クロードも仕事の手を止めて、私を見ている。
人間のマーガレットが私? だから、顔がそっくりだったの?
「私は違う世界で育ったの。だから、人間のマーガレットではないわ」
「本当にそう?」
マーガレットの顔が近づいてきて、私の瞳を覗き込んだ。
「わたしたちはそっくりよ。髪の色と瞳は少し違うけど似ている。わたしの髪と瞳は、太陽に照らされると金色になるの。暗いところでは茶色よ。でも、マユあなたのこの瞳の色はお父様に似ている。明るいところでは茶色の瞳に暗いところでは黒色の瞳になる」
「だからといって、証明にはならない……よね?」
「証明にはならない。だけどお姉さまにはわかると思うの」
立ち上がったアンナは、私の顔を見つめた。アンナの顔が近づいてきて、私の瞳をよく見ようとしておでこがぶつかる。
「いたっ」
「大丈夫? アンナ?」
覗き込んだときにアンナが目を見開いた。私の腕を掴むとさらによく見ようとするように顔が近づいた。
「小さい頃、私はマーガレットにアンナと呼ばれていた。お姉さまではなく、アンナと呼ばれていた。何度もお姉さまよと言っても聞いてくれなかった」
アンナは力が尽きたようにして、椅子に座りこむ。
あ、そうだった。私もお姉さまと呼ぶようにと言われていたのだった。
「年齢が違うと思うの?」
「異世界は時の流れが違うのか。もしくは小さい頃に異世界に行ったとしたら、正確な年齢が言えるのかわからないわ。わたしは確信しているの。あなたはもう一人のわたし、マーガレットだって思う」
「そんな突拍子もないお話は信じられない!」
「あなたが信じなくても、現実にあなたはこちらの世界に存在している」
「もし、私の故郷がコスツスだとしたら、この約束の印って」
「いらなかっただろうな。あの黒猫と添い遂げるなら話は別だが。話は終わったか?」
どこからか姿を現した妖精王が答える。
アンナは声がどこから聞こえたのか探ろうとして、あちこち見まわしている。
「お姉さまとお話しできてよかったわ」
アンナの顔が蒼白になっていた。「お姉さま」の言葉に反応をして、涙が頬を伝う。
「あなたが妹だと信じていた。ある日突然、アンナがお姉さまに変わったとしても妹だと思っていたの。ここで一緒にお茶をしたことは、現実でしょう」
「ええ、ここで一緒にお茶をしたことは現実。楽しかった。でも、もう一度会う約束はできない」
いろいろな思い出が二人の間にはある。
待って、私がマーガレットということは、このお屋敷から逃れられないのでは?
今の話、アルベルト様に聞かれなかったよね?
あちこち見まわしてもいない。よかった。
安堵していると上の窓が開いている。あの客間は誰がお使いになっているんでしょうか。まさかアルベルト様ではないですよね。
嫌な予感は当たるもので、金色の髪の持ち主が顔を出した。笑いながら、ひらひらと手を振っている。
完全に詰んだ。膝から崩れ落ちると、これからの暮らしが不安になる一方だった。




