57. 戦いの後
フェアリーハウスに帰ってきたのは、夜遅くなってからだった。
お風呂に入り、布団に入ったものの眠れない。体は疲れて眠りたがっているのに、精神がはっきりとしていて、眠りたがらない。お茶を飲んだら、少しは落ち着くだろうか。
台所に行こうとして、食堂に明かりが灯っているのが見えた。
ドアを開けると、みんな座っていた。疲れているはずなのにみんな眠れないのは、一緒みたいだった。
メアリーはいなかったが、お茶が用意されていた。人数分のティーカップとソーサーが用意されていて、大きめのティーポットが置かれていた。
みんな疲労困憊している。そのために誰も注ぐ人がいなかった。
立って注ごうとすると、ティーポットが空中に浮いて、ティーカップにお茶を注いでいった。
フェアリーだと思って、黙って凝視したが姿が見えない。
真由が来たためにひとり分足りなくなったのがわかったのか、足音だけが扉を開けて外に出ていった。すぐに戻ってくると緑の小さな手がティーカップを用意して、空中に浮かんだティーポットがお茶を追加で入れてくれた。
お礼を言おうとしたが、どこに向かって言ったらいいのか迷っていたら話しかけられた。
「真由、君は勘がいいのか悪いのか本当にわからない」
「アルベルト様の指示が雑なんです。でも、あの時なぜ悲鳴が必要だったのですか?」
大きなため息がひとつ。それぐらいわかれというような意味に聞こえた。
「あの時、きっと僕がマーガレットを守れと言ったとしても、マインスター伯爵が動く確率は五分だった。それを引き上げるにはひとつしかないだろう。奴はマーガレットを守るそれだけでそこにいるような説明をしていた。奴は単純な単細胞だけど、腕は立つ。そこであの瞬間に奴を引き込める確率をあげた。それだけだ」
「もし、引き込めなかったら?」
「マーガレットである君以外、全員ヴァルハラ行きだ」
その言葉を聞いたときにぞっとした。あの時、カイが猫の姿でなかったら、蜘蛛を捕まえて私に投げることができただろうか。天井に張り付いていた蜘蛛たちを思い出して、体に磨き忘れがあったかのような気持ち悪さが背筋を這い上がった。
レイナが残念なような残念でないような複雑な顔で、吐息をひとつする。
「それは残念なことをした」
そう言うと席を立って、食堂を出た。中庭に続く扉を開ける。
真由が後を追いかけて行くと振り返ってもう一度笑った。
「私はおまえが気にいった。真由、人のために動くことはなかなかできない。人は躊躇するものだ。おまえの側は温かで面白い。次の機会まで私の衣はおまえに預けておこう」
レイナが口笛を吹くと透明の馬が主人の元へ走ってくる。
「もう行くの?」
「ヴァルハラへ送り届けなければいけない。この夜のうちに。だから、もう行く」
あの乱戦の中で無事だった人も多かったが、命を落とした人もいた。
レイナの首元に貝殻の首飾りが見えた。ヴァルキュリアについて、カイが話してくれたことが頭をよぎった。首飾りをつけている乙女は、元人間だったと。あの首飾りは、その証ではないのか。もっと聞きたいことがあったが、言葉が見つからない。
「レイナというのは、私が人だった時の名前だ。今は運搬人という。何かあったら、私を呼べ」
「ありがとう。レイナ」
「その名前で呼ばれるのは好きだ」
透明の馬にまたがると壁を突き抜けていくのかと思ったら、空へ向かって透明の馬は駆け出した。その後を追うようにして、魂のような白い物体が追いかけていく。北へ北へ向かって飛んでいくのをずっと見ていた。




