56. 幕引き
でも、同時に外堀を埋められたのは自分の方かもしれないと思い、背筋が凍る。
火の魔法を使う魔女、短い髪の毛は自分のことじゃないか。
どこからか拍手が鳴り響いた。
現れたのは、紫のマントを羽織り、フードを目深にかぶっている男。
「アルベルト・デュフォン、君の独壇場の舞台が用意されたかのようなふるまいだ。でも、もう後戻りはできない。そうですよね? マインスター伯爵」
その言葉にマインスター伯爵は、唇を嚙みしめている。
表の壊れた扉から裏側の方からもならず者のような人相の悪い人たちが小さな家になだれ込んできた。
そのときにアルベルト様が私の方を向いて、口パクで「やれ」と言っている。
何を『やる』のかわからなくて、頭が思考停止になった。
その時にどこからか物が投げられ、それが足に当たって落ちた感覚があった。足元を見ると蜘蛛が這ってくるのが見えた。
「きゃー!」
その悲鳴と共にアルベルトが号令のように一言。
「マーガレットを守れ!」
その一言でマインスター伯爵の気持ちがマーガレットを守る方に動いた。
彼の目的は、元々マーガレットを守ることにある。
そうかあの指示は悲鳴を上げろということだったのかと今になって思った。
紫色のマントの男は、マインスター伯爵がこちら側についた途端、踵を返し逃げ出した。
その男の後を追おうとして、後ろから腕を引っ張られた。
悲鳴を上げようとすると知っている声が耳元で囁いた。
「真由、どこに行くの?」
「カイ、あの男が逃げる」
「追って何か策があるの? 考えなしに追うのは止めた方がいい」
「でも、手がかりが消えてしまう」
「消えない。どこかにか証拠は残る」
力強い手に阻まれて、どうしても後を追わせてくれない。
「私にはサラマンダーがいる」
「それは真由の力じゃない」
はっきり言われて涙目になる。
自分には何の力もないことをわかっている。知っている。
でも、外に逃げた男は、マーガレットを捕えようとして、エイヴァを傷つけ利用して平気な人間だ。
「わかっている! だけど、今行かないと後悔する」
「君が! 狙われてるってわかってるのか!」
いつも笑っていてお調子者のカイの目が吊り上がっていて、口調も激しい。
「行かせない。それが俺の仕事だ」
馬車が走り出す音が聞こえた。
あの荒くれている人たちを押しのけて、外に行っても間に合わない。
私の手はなぜこんなに小さいのだろう。
自分の力のなさ加減に泣くしかないのか。
「力を貸してやる。心を落ち着けろ」
サラマンダーが首筋に小さな体を摺り寄せてきた。まるで猫が足元にすり寄ってくるような感じだ。精いっぱいの愛情表現のような感じがして、肩にいる妖精が愛おしく思えた。
「おまえが悲しいと悲しい」
「サラマンダー、ありがとう」
「ここに流れる血は、これ以上見たくない。妖精王も戦で血が流されるのを一番嫌がった」
「今、じゃないよね?」
「遠い昔のことだ。過ぎ去った過去、でも、まだ胸は痛む」
どんなひどい戦だったのか、今のこの状況もあまり変わらない。
マインスター伯爵がこちら側についたおかげなのか見ていて、こちらが優勢なのかわかった。
レイナもバートンさんもクロードも戦っている。
狭い小屋なので、大きな武器は使えない。バートンさんの剣は、持っている方が細身で上に行くにつれて幅広くなっている。少し短めで間合いが近そうで怖い。
「手を差し出せ」
手を差し出すと、炎が壁の端から扉の先までまっすぐに伸びて消えた。
それはパニックを起こすのには最大だった。
「逃げろ! 焦がされる!」
小屋の外へ我先に逃げ出す。
外にいたと思われる見張り役のひとりが走り込んでくる。
「逃げろ」
背には射られたような矢が刺さっている。蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「やっとで来たか」
アルベルトの安堵のような吐息と一緒に援軍が来たことを知らせる言葉が発せられた。
一旦本館に戻っていたのは、このためだったのか。援軍を待っていては、敵を叩くことが難しくなると思ってのことなのか。
「今回はギリギリだった」
「今回は? いつもでしょう」
ずり落ちた眼鏡を掛けなおすとクロードはアルベルト様に突っ込みを入れた。
「主君となる僕にそんなことを言ってもいいのか?」
「今回はいいと思います」
遠慮ない言葉にブラボーと声をあげたいくらいだ。ブラボーと声をあげたところで演劇の幕引きはなされた。




