55. ドラマティックな演出の裏側
「君とは一度ゆっくり話をしたいと思っていたよ。マインスター伯爵」
黒マントを脱ぎ、姿を見せることで、アルベルトは手札をひとつ見せた。
彼にしては珍しい。切る札が早くないだろうか。
「アルベルト・デュフォン!」
彼のアルベルト様に対する思いがその一言に出ている。
何か恨みを買ったのだろう。
腹の底から湧き上がる思いを全部乗せたような言葉の発し方だ。
「君が屋敷に来たときは、失礼をしたね」
「思っていないことを言葉に乗せるな。おまえはいつもそうだ」
コスツス伯爵家の未来が心配になってきた。
アルベルト様、敵作りすぎでしょう。
「アンナと結婚できないなら、マーガレットをというのもわかるけどね。彼女にはもう婚約者がいるよ。君達がコスツス家を取り込みたいのはわかっている。妖精というおとぎ話を君が真剣になって信じている事実がおかしいけどね」
「妖精は存在しないと?」
「存在しない!」
アルベルト様がだましにかかったのがわかる。今日わかったことがひとつある。男性は嘘をつくと目が泳ぐというのは、全部の男性に当てはまらないということだ。アルベルト様は泳ぐどころか相手の目を見て、しっかりと揺るぎない。じっと一か所を見つめられると本当のことだと錯覚してしまう。ああやって、うまく貴族社会を渡ってきたのだろう。
でも、早い段階で手札切り過ぎている。相手を見ながら、しっかりと手札を切っていくのが彼のやり方のような気がしていたから、意外な気がした。勝算はあるんだろうか心配になってきた。
「サラマンダーと聞こえた気がしたが?」
「彼女はサラマンダーと言って魔法を放つのがうまいだけだ」
「伯爵家の娘が魔法を使うと聞いたことがない」
「娘が魔法を使うと外聞が悪い。魔女だと言われて嫁の貰い手がないだろう。彼女は火の魔法の使い手だ。だからあまり舞踏会に本人が出たくないと言っている。当主もそれがわかっているから無理やり行かせることはしない」
そのことを聞くと同時にうるんだような瞳で、マインスター伯爵に見られた気がした。
単純で騙されやすい傾向の人のような気がしてきた。
「彼女の髪が短いのは、火の魔法で焦げないためだよ。貴族の女性は長いのが常だからね」
もっともらしいことを嘘で並べ立てる。
彼の頭の中の疑問が解決されていっている。アルベルト様の言うことを信じていっているのが手に取るようにわかる。
「マーガレットの噂は知っているよね。一度の舞踏会で恋に落ちた者は多いと聞くよ。その髪は茶色のようでいてシャンデリアの下では金色に輝く!」
ちらりとマインスター伯爵を見ると、彼は当時のことを思い出したかのように頬をバラ色に染めた。コスツス家の奥深くに隠された美しい娘、誰にもOKを出さない伯爵、ドラマティックな演出だ。これが演劇の舞台ならブラボーと叫びたいところだ。
「今日の誘拐事件はなかったことにしよう。君の家の家名に泥がつく、ただしこれは貸し五つぐらいの価値がありそうだね」
「おい、耳を貸すな。あいつの手の上で転がされるぞ」
冷静な声が隣から響いた。
「でも、当初の予定とは違ってきているよね」
その一言で効果は抜群だった。
大きな体躯の男性が身を震わせて、掌で顔を隠した。
どこかでか予定が狂っているのをマインスター伯爵もわかっていた。
「あのコスツス伯爵家に囚われの身になっているマーガレットを救いだすためなら、何でもするつもりだった」
絞り出すような声に彼の苦悩がわかるかのよう。
目的を話してしまったのをマインスター伯爵はわかっているのだろうか。
「マーガレット、君は囚われの身だったの?」
アルベルト様からの急な質問に戸惑ってしまった。
「いいえ、あのお屋敷で何不自由なく過ごせています」
「そうだよね。マインスター伯爵、若くして伯爵家を継いだ跡取りがこんな問題を起こしたとなると家はどうなるだろうね。ひとりの女性のために君は自分の身を危険にさらすことになる。しかも勘違いでだ」
「過ごせています」の「す」の途中で言葉を挟みこまれた。余計なことを言わないようにするためだろうけど、きちんと言わせてほしかった。
「君たちは嘘の情報に踊らされていたんだよ。実行犯は別にいるのだろう?」
二人の心の声が顔に現れた。なぜそのことをおまえが知っていると言わんばかりの顔だ。
「その実行犯は、マーガレットを自分たち側に取り込めるなら、手段を選ばない人物だ。君たちの筋書きときっと彼らの筋書きは違うと思う」
マインスター伯爵は絶望的な顔をした。
アルベルト様は、わざとドラマティックな演出を装い、マインスター伯爵の表情を見ていた。彼は素直で顔に出るタイプの人のようだ。彼のマーガレットへの思いをここで確認をして話をまとめていった。
「君が屋敷に来たときは失礼したね」
と言っていた。
マーガレットに求婚をしていたのだろうか。とにかく何の用事で来ていたのか把握していたということだ。
うわあ、やっぱり敵には回したくない。体を嫌な悪寒が走った。




