54. 空き家の中で起こった出来事
ドアからすぐに出て行って真由を助け出したい気持ちはあったが、この状況下で迂闊に動けない。
黒猫からすぐに人間になり、すぐに真由を追いかけるべきだった。
屋敷を出立する前に真由から離れるなとアルベルト様から言われていたことが頭をよぎる。
今更後悔しても遅い。
「残りの金をもらおうか」
傭兵がそう言った瞬間に剣を向けられているのが目に入った。
「おい、約束と違う」
仕事をこなした後に残りのお金をもらう。それが約束だったと言っていたが、こういうことになることは少しは予想できたはずだ。
黒猫目線だと床が近くなり、目線をすごくあげないと見えないことが多い。
みんな剣を向けられているので動けない。
こんなときに役立つ猫目線で逃げ道を探す。
表の壊れたドアの方角を見たが人のいる気配がする。
あのドアから出た瞬間、やられる。
まずは目の前の二人をどうにかするしかない。
数ではこちらが有利のように見えるが、かなり腕に自信があると見える。
腕に自信がなければ、五人プラス一匹対二人の攻防戦をくり広げようとは思わないはずだ。
いや、一匹は数に入っていないか。
裏側のドアが勢いよく開いた。
にらみ合っている双方の意識が一瞬だけ、そのドア方向にそれた。
連れて行かれたはずの真由が立っていた。
ちっと小さく舌打ちが聞こえた。
「殺せ」
アルベルトの短くも的確な指示が飛んだ。
真由が危険にさらされる。それは避けたい。
避けたいとなると、目の前の人を殺すしかない。
的確な判断だと頭のどこかでは理解しているが、心が追い付いていかない。
その時に真由の凛とした声が響いた。
「サラマンダー、マントを焦がして」
殺すことは許さない。
そう言っているように聞こえた。
そう言えば、妖精王の印をうけたものは元の世界に戻られないように精霊の加護を受ける。
しかし、その精霊に差し出すものは、心。
マントの焦げる匂いがする。
男達が大慌てで黒いマントを脱ぎだす。
「マインスター伯爵!」
思わず声をあげてしまった。
アルベルト様から一瞬殺されそうな勢いで睨まれた。そのことから自分が失態を働いたことがわかった。
マインスター伯爵は、一度だけコスツス家本館で見たことがあった。
彼は特徴的な傷があったから強く覚えている。
オールバックのダークブロンドの髪、眉毛の上に傷があった。額を出しているために目立つ。本人もこの傷を誇っているからこそなのだろう。
傷が稲妻に似ている。彼の剣を剣で受けると雷鳴のように痺れるということから、別名、雷鳴と呼ばれる。
腕に自信があるはずだ。
一筋縄ではいかない。




