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51. 祈り

「ヴァルキュリアではない。レイナだ」

「レイナ」


 まるで昔から一緒にいる盟友のような気がしてきた。彼女が差し出してきた手と握手をする。

 彼らが着てきた黒いマントが必要だと思い、エイヴァの方を振り向く。


「エイヴァ、ごめんね」


 エイヴァからマントを借りる。その間もエイヴァの瞳は焦点を結んでいない。マントを借りたため、少し肌寒そうな感じになった。何か貸してあげるものがあったらよかったが何もない。

 その様子を見て、レイナが差し出した物は自分の衣だった。


「その子に預けよう」

「いいの?」

「そのための衣だ。彼女が寒そうだ」


 七色に光る衣をエイヴァにかけると瞳に力が戻ってきたような気がした。焦点の定まらなかった瞳は、しっかりと私をとらえていた。


「ありがとう。マーガレット」


 私をマーガレットだと思っている。

 笑顔は長く続かなかったが、しっかりと彼女の声を聞いた。エイヴァを抱きしめると、メアリーとマーガレットがその上から覆いかぶさるようにふわりと抱きしめてくれた。

 ああ、ここは居心地がいい。とても暖かい。でも、微睡んではいられない。

 抱きしめていた手を拳に変えて、自分の両手を強く握る。


「無事に帰ってきて」


 マーガレットのやわらかい何もかも包み込むような声が響いた。

 私の頬をひんやりとした白い手が両手で包み込む。


「帰ってきます」


 彼女の瞳に向かって、目をそらさずに伝える。

 涙が流れそうになるのを堪えながら、歯の奥をぎゅっと噛みしめる。


「本当に私たち、そっくりね」


 お互いに額をつけると祈るように瞳をつぶる。


「あなたが無事でありますように」


 額に濡れた感覚がした。マーガレットの唇がそっと離れていく。

 メアリーがエイヴァの肩を抱いて、屋敷の方に歩いて行くのが見えた。


「レイナ、行こう」


 エイヴァのマントをレイナに渡した。

 心の中で死人が出ないことを祈りながら、レイナの手を取る。レイナは私を透明の馬の上に一気に引き上げた。吊るされるようにして、馬の上に乗せられたときは肝が冷えた。


「バートン、クロード」

 

 敵のマントを羽織り、馬にまたがった二人が振り向く。


「「行こう」」


 誰の声と重なったのか横を見るとアルベルト様が馬に乗ってやってきた。


「行くの?」

「誰に向かって聞いている」

「いや、自分は無事なところにいるタイプかと思い」

「君が行くのに自分は屋敷の中というのは頂けない。それに交渉ごとは私の方が得意だ」

 

 交渉ごとは彼に任せた方がいい。でも、お荷物になったりしないのだろうか。

 腰にある剣が添え物でないことだけを祈りながら、前に進もうとすると黒い塊が道を塞いだ。


「俺も行く」

「猫の姿で?」

「敵も油断するだろう?」

「マーガレットたちはどうするの? 誰が守るの?」


 その時に妖精王の姿がちらりと見えた。

 そうか彼がいるから大丈夫か。

 今度こそ、本当の意味での出発だ。

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