49. 流木
「バートン、それは僕の仕事のようだ」
「アルベルト様」
バートンがお辞儀をして、一歩下がる。
「アルベルト・デュフォン」
男が呟いた。彼の名前を呟いた瞬間、語尾が少し震えていたのがわかった。
そこから、彼がアルベルト様に恐れを抱いているのが伝わってきた。
「僕の名前を知っているようだね。じゃあ、次期当主が誰かも知っていてこの狼藉なのかな?」
飛び切りの笑顔がこんなにも怖いと感じたことはなかった。
アルベルトの笑顔がいきなり崩れて、男をじっと見る。
「し、知らなかったんだ。頼まれたんだ。この報酬が飛び切りよかったから、全員信者でも何でもない!」
「ほう? この依頼主は誰かわかるのか?」
「知らない」
「自分の依頼主を知らない? それがまかり通るとでも?」
「前払いだった。後払い金は別にもらう予定だった」
「これをどう処理するつもりだ? どっちにつく方がお得なのかわかるな」
「わかる。女を連れていけば、後払いでお金が入る。俺たちはただの流れの用心棒だ」
どんな悪事を働いたら、ひとりの男がここまでおびえるほどになるのだろう。
アルベルト様には逆らわないでおこうと胸に誓った瞬間だった。
でも、さっきから何だろう。アルベルト様が私をじっとみつめているような気がする。
話の流れからわかるだろうと言った雰囲気だ。
ここは私が囮になりますと言うところだろうが、無理と言うしかない。
「用心棒がなぜそんな仕事をしている。人を守るのが仕事のお前たちが? なぜだ?」
バートンさんの悲鳴のような声が聞こえる。胸の中で泣いているような悲痛な声。
「仕事が急に減り出した。この町に流れついたときはゼロと言ってもいい状況だった。だから、仕事を選べなかったんだ」
「そんな言い訳、聞きたいと思うのか?」
「同業者ならわかるだろう。今の状況がどんなものなのか」
「今は同業者じゃねえが、苦しい時でも俺は自分の信念を曲げなかった」
バートンさんは彼らと同業者だった。流れの用心棒が彼の元の職業。それがなぜ料理人になったのだろう。
「ひとつの場所に落ち着いたらどうだ?」
「無理だ」
バートンさんの提案をあっさりと撥ねつける。
「俺はひとつのところでは、満足がいかなくなっている。旅している瞬間が生きている感じがする」
「そうか。それがお前の生き方か」
バートンさんは、ひとつの場所に落ち着くことを考えて、ここに流れ着いた。漂流していた流木が大きな広い砂浜に流れ着いた状態になった。それはどんな気分だったのだろうか。




