46. 生け捕り
「七名様、ご案内っと」
そうつぶやくとカイは首に巻いていたヴァルキュリアの布を私に渡すと黒猫になって走り出した。
自由に変身できるようになったようだった。
人間よりも猫の方が役に立つのか? そんなことを思っていると奥から悲鳴が上がった。
猫も役に立つことがわかって何よりだった。
「マーガレット様が戻られたという噂は本当だった」
その声が耳に届いた。町の人たちの噂がこの人達の耳に届いたのか、手にはナイフを持っていた。
「生け捕りにしろ」
生け捕りってことは殺されないってことで、自由にやらせてもらおう。ドレスが邪魔だけどやるしかない。
クロードからナックルダスターを借りておくのだったと思う。
いつかファイティングポーズをとってしまい、バートンさんが構えたのを思い出していた。あの時に手合わせしておくのだったと思いながら、右足前で半身の姿勢で構える。利き足は右足。利き手も右手。右が先に出た方がやりやすい。左足は少し浮かせる。
本当は剣道の方がいいけど、竹刀も棒きれひとつない。傘もない。だったら、自分の拳しかない。
少林寺拳法、小さい頃に父についていって習っていた。叔母が習ってもいいよと言ってくれたけど、首を振らなかった。父を思い出すから、最近はランニングしかしていなかったけど、何もしないよりもいい。
ああ、でも父が言っていた。一番は逃げること。二番につかまったら応戦する術を知ること。
こんなときにあの幸せだったころのことを思い出すなんて思わなかった。
父と母の笑顔、それよりも声がはっきりと聞こえる。
「真由」
私を呼ぶ二人の姿、大好きだった。
「私はここでやられるわけにはいかない!」
「それでどうしたらいいでしょうか?」
隣にいるヴァルキュリアの存在を忘れていた! 彼女がいるんだった。
透明の馬にいる彼女はここにいる誰よりも俊敏に動くことができそうだった。
「黒いローブの人たちを捕まえて欲しいの」
「殺すのではなく?」
「殺してはダメ。捕まえて欲しい」
彼女の瞳を見ながら、一言一言に力を込めて伝える。
「かしこまりました」
従順な人みたいに感情の起伏が感じられない。棒読みのような仕方がないような感じだった。
「ヴァルキュリアがいるなんて知らないぞ」
そう言って逃げ出す者がいた。ひとりふたり。残り五人。いや、一匹が顔をひっかいてくれたから、アレルギーがあるらしく、くしゃみが止まらずに戦闘不能一名。バートンさんが応戦して一人倒している。残り三人。
隣にいるヴァルキュリアがちっと舌打ちをした。
「死者が減った。オーディンの城に連れていけない」
小さな声だったが不気味なことを呟いた。
オーディンというのは、ゲームの設定に出てきた。あれはゲームのみの設定ではなかったのか。私は少し勉強した方がいいのかもしれない。カイはちゃんとわかっていた。誰が誰なのかを勉強していた。
「でも、あれとあれとあれの三人は気骨がありそうだ」
ひとりひとりに目を向けて、ヴァルキュリアが笑い出した。小さかった声は大きくなって人の不安を煽るには十分だった。
ひとり逃げ出した。
「逃がすか!」
馬の腹を両足で蹴って、そのひとりを追い出した。残り二人。
私の前にクロードが走ってきた。手にはナックルダスターを携えて、肩はナイフで少し切られていた。
血の匂いはクロードのものだった。
「あなたは屋敷の中に」
私の腕を掴むと顔を合わせて、強い口調で彼が言った。
「私も戦える」
「狙いはあなたです。だから中にいてください。俺の心臓に悪い」
そう言うとクロードは、私の背中を屋敷の方向へ向かって押した。
「メアリーが中にいるはずですから、一緒にいてください」
その言葉を聞いたら、中にいるしかない。
「わかった。でも、ちゃんと無事でいて」
クロードの手を取って、ぎゅっと握りしめる。
邪悪な笑いではなく、普通に笑ってくれた。
クロードがひとり相手をしてくれているが、あとひとりいる。
走っていく屋敷の途中で、そのひとりと遭遇した。
「なぜ、マーガレットを狙うのか教えてもらおうかしら」
「価値があるからだ」
「価値?」
「妖精が見えるだろう」
ああ、この人たちがアルベルト様から注意を受けた人たちだ。狂信的に妖精を信じている者たち。宗教の自由はいいとは思うけど、自分が信じているのを人に強要するのはどうかと思う。




