45. 白鳥の衣を手にした者は
裏戸口から入ると、そこにいたメアリーとバートンさんがいない。
あちこち見回すが誰もいない。
おかしい。何かが起こっている。
とにかく行動だ。
「とにかく温室へ」
「了解っと」
二人で走り出す。後ろから音もなく、馬が走ってくると思うと先に温室につかないとダメな気がする。
でも、扉が小さいので馬にまたがったまま入れない。きっと大丈夫だと思いながらも後ろを振り返る。
壁などなかったかのように幽霊のように突き抜けて馬に乗ったまま走ってくる。
白鳥の衣をヴァルキュリアに奪われたらどうしたらいいのだろう。
頭を振り、余計な雑念を振り払う。もしかしては考えなくていい。奪われはしない
でも、奪われて帰ってもらったら、戦死者が出ないということにならないだろうか。
その保証はどこにもない。
温室のドアを開けて入るという行為がこんなにももどかしく思ったことはない。
その焦りと戸惑いにヴァルキュリアの方が温室に入るのは早かったが、どこにあるのかはわからないらしい。
馬から降りているうちに温室のドアをめいいっぱい開ける。
「カイ、行って」
彼の方が足は早い。そう思って送り出すとなぜか黒猫になった彼が扉の隙間から走り出す。
そうかメアリーは場所を知っているが彼は知らなかった。
でも黒猫になぜ戻ったのだろう?
ヴァルキュリアと黒猫がその虹色に輝いた布を見つけたのは同時だったように思う。
黒猫は俊敏な動作でテーブルの上に飛び乗った。
後から手を伸ばした彼女の手を大きな黒猫の手で払いのけた。
人間に戻ったカイは言った。
「布を手にした者に従うんだよな」
鼻に布を持っていき、まるで自分の物のように首に巻いた。
ヴァルキュリアはため息をついた。手を伸ばせば手に届く距離にある物をと取りたくて手を伸ばしかけた。だが、もう一度盛大なため息をついて、伸ばした手を自分の胸に持っていった。
「召喚された訳は?」
「布がなくなってからずっと気配を探っていたが、どこにも雲隠れのようにして気配がなかった。それがここ何日かではっきりと感じられるようになった」
妖精の国にあったときは気配が感じられなかった。しかし、それを私がバスタオルだと思って巻いてしまい、人間界に持ち帰ったことで気配が感じられるようになったということか。
まずい。あれは持ち帰ってはいけなかったのではないかという思いが首をもたげる。
「血の匂いがする」
ヴァルキュリアの一言で思いの淵に漂っていた魂が戻ってきたように感じた。
「行こう」
迷ってなんかいられない。とにかく走るしかない。
好きな人に告白する予定のメアリーの表情、バートンさんの厨房で鍋を振る仕草、クロードの邪悪な笑顔、なぜか笑っている彼らの顔が思い出される。なぜかひとり邪悪な感じで思い出されているけど、彼らが傷つくことはとにかく嫌だ。
泣くな! 泣くと霞がかかったように目の前がぼんやりする。頭まで痛くなってしまう。
気合を入れて、両手で両頬を叩く。
役に立たない自分がいるのは嫌だ。お役目御免と言われるのは、前回の仕事のみでいい。
正面の重い扉を開けると、そこにいたのは、黒いローブを着た集団だった。




