44. ヴァルキュリア
私の表情があまりにも怒りに満ちていたからなのかメアリーが声をかける。
「真由、怒らないであげてください」
「メアリーが怒らなくても私が怒る! アルベルト様に会いたくないから、今じゃなくて後で苦情を言いに行くから」
「それはクロードを喜ばせるだけかと」
ええ? そんなことで喜ぶ?
「彼に恋愛ごと以外で苦情を言う女性は初めてなのではないかと思います」
えっとそっちで喜ばれても困る気がする。そうっとしておくのが得策のような気がするが、今回のことは黙っていられません。
「いや、やはり一言はきっちりと言いたい」
隣でカイさんが吹きだす。
「真由らしくていいけど、クロードに興味を持たれてほしくはないなぁ」
そう言って私の髪を触って、頬をくすぐるようにさっと手の甲で触る。それを自分の唇に持っていく仕草があまりにも自然でびっくりした。
真っ赤になっていくのがわかる。
バートンさんとメアリーも目のやり場に困っているのか目が合うといきなり仕事をやりだした。バートンさんは、野菜の皮を剥きだすし、メアリーは皿の片づけを始めた。
耳はしっかりとこちらを向いているのはわかる。
「カイさん」
「みんな呼び捨てなのに俺だけさんづけは悲しいな」
「カイ」
面倒なので、彼の要望に応えて彼を呼び捨てにした。
最初はぼんやりとしていた彼の目が見開かれた。そして、顔が赤く染まった。七色に光る虹を見つけたかのように瞳が輝き始める。
そんな風に変化するとは思っていなかったので、不意打ちもいいところだ。
立ち上がって裏庭に続くドアを開けて走り出した。
「あ、逃げた」
バートンさんの声を後ろに聞きながらも逃げるべしと足を速める。
後ろからカイさんが追ってくる足音がする。
畑の土は柔らかいということと、あちこちに植えてある野菜をよけながら、ずっと走ることができないということがわかった。
途中で捕まってしまった。
カイさんにつかまってしまっただけで事が終わってしまえばよかったのだが、そこにいてはならないものが呼びだされていた。
「私を呼び出したのはお前か?」
透明の馬に乗った戦士のようないでたちの乙女がいた。
甲冑を身に着け、長い髪をひとつにまとめて、背筋が伸びるような緊張感のある空気の中で佇んでいた。
土を蹴っているようで、全然触れていない。少し空中を飛んでいるのか実体がないものなのかわからない。
「呼び出していません」
唇が震えそうになるのを両手を握りしめてこらえた。
「でも、おまえは私の衣を持っているだろう?」
「衣?」
カイじゃないんだしという突っ込みは置いといて、衣、衣と何度か唇を動かしてわかったことがあった。あの七色に輝く高そうな衣、確か温室に置いた。まだ取りにきていないということは、彼女にその衣を返せば帰ってくれるはず。
「ああ、あれか。ごめん。返却するから待っててくれる」
走り出そうとした私の手を握って止める存在がいた。
「待って、真由。白鳥の乙女は、戦乙女と呼ばれるヴァルキュリアだ」
「ヴァルキュリアは何をする人なの?」
「戦死者を選定する者だ。ヴァルハラに連れていくのに必要な者を選ぶ」
「戦死者って、ここには戦死者はいないということは、これから出るということ?」
「そう思っていいと思う」
「彼女に衣を返してはいけない。白鳥の衣を持っている者は誰でも彼女を従わせることができるからだ」
「だったら余計に取りに行かないと」
急いで走り出した後を馬に乗り、音もなく横に並ばれると気持ちが悪い。人は物音をたてているから、そこにいると安心ができる。




