42. メアリーの決心
いやまて、この人のことだから、「人生は苦労ばかりだ」この言葉を言って同情を引くぐらいのことはやってのけるかもしれない。
顔色を変えてはいけないことがわかっていながらも顔に出ていたらしい。
じっくりとその間観察されてしまった。
メアリーが扉を開けた瞬間、抜け出すチャンスは今しかないような気になって立ち上がった。新鮮な空気をいっぱい肺に取り込みたい。
「私、台所に行ってきます。忘れ物しちゃったみたいで」
「おや、逃げるの?」
「さようなら。できれば永遠に」
「いやだなぁ。そんなわけにはいかないことは、もう承知だと思うけどね」
目が笑っていないアルベルト様の視線を感じながらも図書室の扉を閉める。
胸の動悸が半端ではない。かなりの速さで脈を打っている。
手にはたくさんの汗をかいている。
やばい。アルベルト様にもロックオンされた気がする。放っておいてもらえないだろうことは今の一言でわかる。
扉を閉めた後に安堵感と脱力感が増す。
何も調べられなかったことは残念に思う。
でも、これ以上の会話を続けたくない。彼の相手は疲れる。
「台所へ行きましょう。お茶にしましょう」
私の安堵感がわかってなのか、メアリーは背中を軽く叩いて促してくれた。
そういえば、一口も紅茶を飲んでいない。紅茶を混ぜ込んで焼いてあるスコーンも魅力的だったのにあの空間では食べる気にさえなれなかった。
「ありがとう。メアリー」
「いいえ、何もお役に立てなくて」
「そんなことないよ」
先に行って中庭に続くドアを開けようとして、メアリーを振り返った。壁に寄りかかっていて、壁に額を押し付けている。まるで熱を冷ましているような感じだ。彼女の頬が少し染まっているような気がした。
私の視線に気がついて、慌ててメアリーは言葉を紡いだ。
「あの方の寂しさもわかるような気がします。思っている人に思われない辛さ。ひとりで立っているような気にさえなるのです。支える人があって、人は立っているような……」
メアリーの両肩に手をかけて、無理やりこちらへ向かせる。正面から彼女を見る。
「メアリーは好きな人と結婚をして、他人の思いに引きずられてはダメ」
メアリーの結婚の超えるべきものとして立ちふさがっているのは、ひとつではない。このことも彼女の気になっているひとつだったのだ。
メアリーの両肩にあった手を腕まで滑らせて、ちょっと痛いくらいにぎゅっと握りしめる。ちゃんと彼女に聞いてほしい。そう思ったから自然に力がこもった。
「その寂しさや痛みは、アルベルト様のものであって、あなたの痛みではない。好きな人と結婚をしないと一生後悔する。きっと何年先かに人生をやり直したくなる。後悔のない生き方なんてないのかもしれないけど。お願い、メアリー。今現在で後悔のない道を選んでほしいの」
友達が困っていたら、私はきっとこう言って抱きしめる。
彼女の瞳から涙が零れる。
「ありがとう。どうしたらいいのか悩んでいました。これでスッキリしました。バートンに今夜返事をします」
弟さんのことだけではなかった。そのことに気がつけてよかった。
メアリーの手が背中に回されて、「嬉しい」そう言っているかのように幼い子をあやすように優しく背中を叩いてくれる。まるで心臓の音と一緒になったかのような錯覚を起こす。ゆっくりとしたリズムで心を落ち着かせてくれる。
「メアリー幸せになってね」
「幸せになれるように努力します」
「努力なんて必要なの?」
「まあ、真由。幸せになるためには二人とも努力しなくては幸せになれませんよ」
「そんなものなの?」
「そんなものです」
二人で顔を見合わせると笑い合った。




