41. 捨てたはずの思い
ある意味、怖い人。アルベルト様の第一印象は最悪だったが、こちらの様子を汲み取り、対処してくれそうな人だ。ソファーから体を離して姿勢を正していた。それが一気に崩れ落ち、ソファーに深く座りなおす。すべてが演技だったとは思わないが、こういう世界に足を踏み入れてしまったことだけは、心の中に留め置こう。
「心の中に刻んでおきます」
「本当かな?」
覗き込まれた顔がいたずらをするときのように輝いていた。年上のはずなのにかわいいと思ってしまった。
少し子どもっぽく見せていながらも相手の油断を誘う。この人は絶対に敵に回したくない。見かけ通りの人ではないことはもうわかっている。
自分の顔がいいのも武器にしている気がするので気が抜けない。
「君は簡単に落ちてくれなさそうでつまんないね」
「アルベルト様、逆でしょう」
ため息をつきながら言い放つ。
満面の笑みを浮かべながら、嬉しそうな顔でつまんないと言われても嘘だとわかる。
「退屈しないね。君といると。でも、手の甲の相手は、手ごわそうだからね。今は手出しはしないでおくよ」
確かにサラマンダーに拒まれる。今思うとこの手の甲のマークは、かなり役に立つ。カイさんには申し訳ないけど、今すぐに他の人の手にお願いするわけにもいかなくなった。これほどこのマークが側にあってよかったと思えるときが来るとは思わなかった。でも、私の都合だけで彼を振り回すことだけはしたくない。
カイさんだったら、いいよと言って笑ってくれそうだから余計に迷惑はかけたくないと思う。
そう言えばさっきすれ違う時に帽子で顔が見えなかった。照れくさくて顔を隠しているのかと思ったが違うのかもしれない。ちょっと心配になりながら、彼のことを考えていた。
「その相手がすごく大事そうだね。君を見ているともう捨てたはずの思いが胸を焦がす。あの流れるようなつややかで赤い髪に顔をうずめてみたいものだ」
赤い髪、彼の思い人はアンナでよかった。他の人のことだったら、どうしようかと思った。
私の手にマークをつけた人がカイさんだとはわかっていないようだ。少し心配をしていたら、彼が大事な相手にされてしまった。そこはあえて誤解させておこう。わざわざ訂正する必要もない。領主様になったら考え直してもいいが、これから先、完全に味方とも限らない。
「アルベルト様でも苦労されることあるんですね」
「僕の人生は苦労ばかりだと言ったら世の中の皆様に怒られそうだからね。それも黙っておくよ」
いやもう言ってるじゃないかと突っ込みながら、苦労ばかりだったのか。その苦労はその人でないとわからない。




