40. アルベルトの愁い
「アンナ様に知られたら何と言われるでしょうか」
「もう知らせてあるよ。どうぞご自由にという言葉ももらっている」
「私は生涯でたったひとりと決めております。二心ある方とは一緒にいれません」
「たったひとりか。たったひとりでいいと私も思ったこともあった」
アルベルトは、もうその言葉は遠い過去のようなそんな遠い目をしている。どうぞご自由にという言葉は、彼を傷つけている。そんな気がした。この先のことを考えると順調な結婚生活といかないような雲行きだ。政略結婚とでもいうのだろうか。
生涯でたったひとりを決める。ただそれだけのことなのに人はどうしてこんなに難しく複雑な生き物なのだろう。
アルベルトは、アンナと婚約中だというのにうまくいっていない。
妖精の目を持つ子どもを産む。
それはそんなに大事なことなのだろうか。
メアリーが思っているのはバートンさんだ。何らかの事情があり、結婚の承諾をしていない。
だけど、アルベルトと同じように痛みを感じている。その痛みは自分ではなく、アルベルトのものだ。お互いに支えることはできても好きという感情とは別のところにある。
その二人が一緒になって、支えあっていい関係は築けるとは思うけど幸せだろうか。安定という幸せは手に入るかもしれない。
「私も見えます」
「真由!」
メアリーが止めるように名前を呼ばれた。
私の切り札を見せてしまった。でも、仕方がない。これ以上一緒にいたら、メアリーがうなずいてしまいそう。
にっこりして笑ったのはアルベルトだった。
「ダメだよ。せっかくクロードが合図して止めてくれたものを安々と見せてしまっては。自分の手札は多いほどいい。君が身を置いている貴族がいる場所というのはそういうところだ」
え? 目をぱちぱちさせながら、今までのことが演技だったのかと不思議に思う。
「半分嘘と本当を織り交ぜる。すると本当のことに聞こえる」
後ろで黙っていたクロードが声をかける。
笑いながらさっきと同じ仕草をした。鼻に手を持っていく仕草が妙に色気がある。
どこからどこまでが本当でどこからが嘘なのかわからない。
人の表情を読むのが昔からうまかったのに欺かれた。
メアリーものせられた感がある。いつものように口説かれていつものように断った。だけど常に痛みは彼と同じように感じているようだった。
「せっかくの紅茶が冷めてしまう。頂こう」
アルベルトのその一声にメアリーが目を覚ましたようにさっと動き出す。
紅茶の香りが幸せな気分にさせてくれる。
今日のスコーンは、アールグレイが入っているようだ。紅茶の粒が見える。
「クロードの報告どおり、真由、君は人のことを考えすぎて動くところがある。もっとわがままになってもいい。自分を第一に考えるようにして動かないといつか奴らの手に落ちる」
「やつらとは?」
「妖精を信じていて熱狂的な集団がいる。妖精を信じていない者も多いが信じている者もいるという話だ」




