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4. フェアリーハウス

 さりげない様子だったが、アンナは顔を見せないように急いで背を向けたように感じた。

 御者が玄関のノッカーを叩くと、しばらくしてチョコレート色をしたドアが開いた。


「おかえりなさいませ。お嬢様」


 本物の執事きた!

 胸がうるさいくらいに音を立てる。動揺を悟られるまいと必死に平常心を保つふりをする。

 グレーの髪はオールバックに撫でつけられている。切れ長のダークグリーンの瞳にメガネがよく似合っている。蝶ネクタイに黒のタキシード、背筋は真っすぐに伸び、美しい姿勢を保っている。


「マーガレットが帰ってきました。あの部屋へ」

「かしこまりました」


 エントランスは、とんがり帽子の屋根についている窓から、太陽の光が降り注ぎ、一番明るい場所になっていた。

 赤という重厚な色ではなく、オーシャンブルーの絨毯が白い壁とマッチングしている。

 廊下の一番手前の部屋へ案内された。

 彫り物がされているドアの前に立った。女性が足元まで届くベールに身を包まれて、手にはオリーブを持っている。周りには植物があり、中心にいる女性はまるで女神様のよう。

 日本へ持って帰りたい。日本家屋にこの彫り物はすごく違和感があるけど、こんなドアは見たことがない。

 猫がおねだりするときは、飼い主の足元にスリスリする。同じように私もドアに頬ずりしたい。頬ずりをして持って帰りたいというのをアピールしたい。


「どうぞ」


 執事のその一言で我に返る。

 ひとりで、違う世界へ頭だけトリップしていたようだ。

 扉を開けた先には、グリーンの温かみのあるソファー、マホガニーの小さな猫脚テーブルが見えた。

 私の視線の先に気がついたのかアンナが口を開いた。


「よくここで二人でお茶をしたのよ」


 懐かしむような視線と手のひらでゆっくりとテーブルをなぞっていく。

 二人は仲の良い姉妹だったのだろうか?

 アンナは席に座ることはなく、一瞬合った瞳を窓側に向けて、視線をそらすようにして背を向けた。  

 背を向けた先が窓ガラスだったので、彼女の表情はよくわかった。

 

「私の妹は、二ヶ月にいなくなってしまったの」


 続きがあるのだと思っていたが、待てど暮らせど彼女の口は開かれることはなかった。話そうという素振りもなく、窓ガラスに映る彼女はずっと目を閉じていた。


「疲れたわ。今日はこれぐらいにして、明日また話しましょう」


 アンナは、早口に言葉を言い切ると、早足でドアを開けて出ていってしまった。

 執事がドアを開けてくれるのを待てないほどに急いでいたように見受けられた。

 私はドアが開いて閉じるまでに一言も発することができなかったことに口惜しさを感じる。答えを待っていたので、質問を何ひとつとして考えていなかった。考える隙を与えてもらえなかったと言ってもいい。


「いや待って、ここからでしょう。もっと不安にさせる要素とか。悪女のような笑いとか残していくでしょう。いきなり退場?」


 気が抜けて、ソファーへ倒れ込んだ。良家の娘はこんなことをしないだろう。足を開いて、ソファーの背もたれに深く腰掛けて、上を向く。これから先が不安しかないことに長い長い溜息(ためいき)がこぼれた。

 ノックの音とともにドアが開いた。

 足元まで届く黒いドレスに長めのエプロンをつけた女性がひとり。

 恥ずかしくて開いていた足を閉じて姿勢を正す。


「お嬢様、お風呂の準備ができております」

 

 お茶を心待ちにしていた身としては、ちょっと辛いものがある。

 ちょっと待ってこういうことが言えないだろうか。

 最初からアンナはお茶を飲むつもりはなく、すぐに帰る予定だった。

 マーガレットがいなくなった理由なんて話すつもりはなかったということだ。

 このメイドさんは、私がマーガレット様だと本当に思っているのかしら。

 立ち上がってコホンと咳ばらいをひとつ。


「私記憶がなくて、教えてほしいのだけど、この家は本当に私の家かしら?」

「このフェアリーハウスは、マーガレット様のために建てられたとお伺いしております」


 フェアリーって言った? 


「妖精がいるの? この家に?」


 勢い込んで聞く。

 メイドさんの顔は、全然崩れることはなく、事務的な口調で話をする。


「いえ、そう呼ばれているだけで本物のフェアリーハウスは、失われてしまったと言われています。マーガレット様がいなくなったあの時に」

「じゃあ、あなたは私が帰ってきた今も『失われてしまった』。そう考えているっていうことね。」

「あ、それはその······申し訳ありません。マーガレット様」


 このメイドさん、素直だわ。悪気はないけど、私が偽物だとわかっている。

 予想できることはひとつ。この家にいる全員がマーガレット様ではないとわかっているということだ。


「ちょっと気楽になってきた~」


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