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39. 図書室

 アルベルト様の端正な顔をこれでもかというほどにつぶしてしまった。

 この手をどけないとまずい。心の中でわかっていてもこの口が言ったのかと思うと、つぶしてもつぶし足りない。 

 その様子を見て止める訳でもなく、声を押し殺して笑っている人がいる。いつものことだから放っておこう。


「気が強い。まあそれぐらいなくては務まらない。そろそろこの手を退けてくれると有難いのだが」


 そう言われてまでさらにつぶしまくるといい事は起こらない。黙って手を引いた。

 気になるのは、遠くから近づいてくる物音。これはステンレスワゴンを押してくる音。もうすぐメアリーがここに到着してしまう音だ。さっきの話をされたら、メアリーのことだ。了承してしまいそうだ。それは何としても阻止しなければいけない。

 でもここには、さっきまで笑っていた人がいる。メアリーの実弟の彼が何も言わないのが不気味だ。何だろう。違和感がある。


「アルベルト様、図書室での調べ物は終わったのなら、お帰りになっては?」

「帰ってほしかったら、相手の欲しい物をすぐに出せなくてはダメだよ。紅茶の香りだね。メアリーかな?」

 

 目を細めて喜んでいる感じがする。

 アルベルトは、図書室へ後戻りする。帰りながらも本を適当に二、三冊本棚から抜いて席についた。あたかも今までずっと席に座っていた風を装う。こちらへいらっしゃいというように隣の席を示される。


「アルベルト様の向かいの席へお座りください」


 クロードが耳元で囁くように言う。

 彼が言うのなら何か意図があるのだろう。

 初めて個人宅のライブラリーに足を踏み入れた。

 本はその人の考えを映し出す鏡のようなもの。私だったら、家の本をすべて覗き見されたくない。悩みがあるときは、少しでも浮上できる本。偉人の言葉を読む。その時々で買いそろえた本がここにないのが寂しいが、新たな本との出会いがあると思うと胸が高鳴る。

 この空間には本しかない。そう思わせるほどの壁という壁が本に埋め尽くされていた。絵画とか飾ってありそうだと予想していたが、それが見事に裏切られた。唯一の装飾品は天井からぶら下がっているシャンデリアと大きなメダリオン。

 冬に暖を取るには、毛布を持ち込むしかなさそうだ。暖炉も何もない。机と椅子、ソファーが用意されている。

 アルベルト様は大きなソファーにひとりで座っている。向かいの席の一人掛けソファーへ座る。ソファーの座り心地はいいのだが、居心地がすごく悪い。すぐにでも席を立ってメアリーのところに行きたい。そして、回れ右をして彼のいる空間には二度と足を踏み入れたくない。

 ノックの音がして、メアリーが顔を出した。

 何かを決断するのには遅すぎる。メアリーが顔を出すまで、時間はあったはずなのに自分はここに留まる選択肢をした。これが正しかったのかどうかわからない。


「失礼します」

「やあ、メアリー。おめでとう。今日結婚式を挙げると聞いたよ」

「……それはどういう」


 何か言葉を言いかけてやめた。真由の顔を見て、アルベルトの顔を交互に見て何かを把握したようだった。


「結婚式をやめて僕のところに来ないかい?」

「お戯れがすぎます」

「大事にするよ」


 その会話に戸惑いも迷いもないことから、何度か繰り返されている光景なのだとわかった。

 目を伏せた憂いを帯びた女性は美しい。


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