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38. 領主様の家は

「私はね。次男なんだよ。だから、実家を継ぐことはできない」


 さえぎったり、何か口を挟んではいけないと顔をしっかり見て黙っている。


「こちらの伯爵家を継ぐことが決まって幸せだと思う。妖精が見える体質でよかったと思う。だが、ひとつだけ不安がある。跡継ぎを残せなかったらと思うと夜も眠れなくなる」


 伯爵家と言った? どどどういうこと?

 私、伯爵令嬢の役割をふられているということになる。


「あああ、あの、こちらのお屋敷は伯爵様のお屋敷ですか?」

「そうだけど、それも知らないで飛び込んできたの? 無謀だね」


 困ったような笑い方、唇の端で笑われてしまった。


「君は行動的なのかな? 好奇心旺盛で何にでも首を突っ込みたがる。そして、誰かを見捨てることができない」


 なぜか「見捨てることができない」と言ったときに口調が少し変わった気がする。


「この館で妖精を見ることができる女性はひとりだけなんだね。彼女は独身のようだから、キープしてもかまわないよね?」


 彼の意図が流れるように伝わってきて、目を見開く。

 ああ、彼はこう言っているのだ。

 跡継ぎを残すためなら何でもする。

 妖精の目を持つ子どもを持つことは、この家の人にとっては悲願に近いのかもしれない。

 だから、メアリーをキープ、つまり愛人にするということをほのめかしているのだ。


「メアリーはバートンさんと今日結婚予定です」

「今日? それは妙だ。そんな報告は受けていない」

「本人たちの問題ですから、言わなかったのでは?」

「それでも雇い主には一言あるべきだよね?」

「雇い主様には報告済なのではないでしょうか」

「ああ、雇い主は僕ではないと言いたいのだね」


 この人、王子様でもなんでもない。ただの怖い人だ。自分の家を継げなかったから、他の領地に行くしかなかった。だから、ここで留まるしかない。だからこそここでの自分の立場がわかっているからこそなのだろうが怖い。怖すぎる。


「君は本当に見えないのかな?」


 アルベルトの端正な顔が近づいてきて覗き込まれる。

 表情を読まれたくなくて、顔を手のひらを広げて隠す。

 ちょっと距離を取ろうとして一歩下がったとき、いきなり手を掴まれた。


「あれあれあれ? これは何かな?」


 彼の目の高さまで、左手を持ち上げられる。

 妖精王の蔦のマークが目に入ってしまった。

 アルベルトの手が緩んだすきに自分の手を引っ込める。


「ふーん。もうお手付きかあ。だけど、相手を殺せば、君は自由になれるよ」


 笑顔でその言葉を囁かれて、気にいる人なんていない。

 アルベルトの顔を両手で押しつぶして、自分の顔をぐいっと近づける。


「アルベルト様、あなたはそんな方ではないですよね。私の思い人を殺すという強い言葉を使って脅さないでください」


 カイさん、ごめん。思い人ではないけど利用させて頂きました。

 それよりも彼がこのマークの人だと悟られないようにしないといけない。

 

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