37. 壁紙に描かれていない人物
え? 私のことを知っている。
初対面のはずだと思いながら、穴が開くほど彼を見ていた。
どこかですれ違ったのかと記憶を掘り起こしてみるが、どの記憶にも彼の姿はない。
「そんなに見つめられると困ってしまうよ」
鼻の頭を指先で触られてしまった。
「本当に妹が帰ってきたみたいだ。アンナが君に依頼した内容、フェアリーリングに突き落とされたこと、全部聞いたよ」
誰に聞いたのだろうと思っていると彼の後ろに控えているクロードの姿が見えた。
「アンナは謹慎を言い渡されるだろう。しばらくここには近づかない。彼女が失礼をしたね」
「お兄さん?」
最初の謝罪がなかったら、もっと警戒をしていたかもしれない。
いや、でもおかしい。
あの壁紙には金色の髪の人は描かれていなかった。こんなに目立つ人ならば見逃さない。
兄であるならば、妖精が見える。見えないに関わらず、出席しているはずではないのか。
「マーガレット様の結婚式には出席されていませんよね?」
断言的な言葉で、相手の出方を待つ。
「まるで自分も出席したかのような言葉だね」
上から下までゆっくりと眺められた。
何だか値踏みされているようで落ち着かない。
「君の言う通り、出席はしていない」
「お兄さんではないということですか?」
「アンナ様の婚約者のアルベルト様です」
クロードから切り出してくれた。
だからマーガレットは妹、アンナは彼女という呼び方をしていたのだ。
アンナ、婚約者いたんだ。
「僕が兄となった暁には、君は妹ということになるね」
「いいえ、アルベルト様。私はマーガレット様によく似ていますが妹ではありません」
「じゃあ、どういう要件でマーガレットを名のっているの」
「真由と申します」
スカートを少し持ち上げて会釈をする。
「じゃあ、真由。君はアンナに頼まれたのだとしてももうお払い箱だ」
「私の雇い主はあくまでもアンナ様です。申し訳ありませんがお断り致します」
「次期当主のいうことでも?」
アンナと結婚をして、跡継ぎはあくまでも自分だということを強調したいわけか。
「申し訳ありません」
ここを追い出されてしまっては行く当てがどこにもない。何をしていっていいのかもまだ見つけ出していない。
あの派遣切りの日から積極的に仕事を探すのが怖くなっている。今までは、仕事を辞めても次の日にはハロワに行っていた。だが、今回は自分で辞めたのではなく、仕事をしたかったのに辞めさせられたのだ。それは心にも傷を残す。次の仕事をどうしていっていいのかわからない。手に職をつけたら自信が出るのか。それは、暗闇の中、手探りで明かりを求めるようなものだ。糸口さえつかめたら、何かきっかけができたら、飛び出せるのに今は羽ばたくことさえできない。
「はっきりと自分の意見を持っている子だ。気にいったよ」
今までの会話で何かを計測されてしまったようだ。しまったと思ってももう遅い。
「妖精が見えたらさらによかったのだけど……」
ちらりと様子を見られる。
生唾が出てきて、ごくりと呑み込む。どうか気がつかないでほしい。
クロードを見る。鼻のところに人差し指が添えられる。唇が静かにと言っているように聞こえた。
よかった。言わないでいてくれた。また何かに利用されるのは嫌だから、手駒はしっかりとキープする。




