32. YESとNO
「そうか」
何かを思い出したようにカイさんがつぶやく。
それは違う感情ではないのか。彼に聞いてみたかったが、同情だと言われると傷つく。
そっと離れると距離を置いて、彼の目を見て話をする。
「カイさん、私これから先、誰とも恋する気持ちにはなれないです」
「どうして?」
「失ったものが多すぎて、成長すると心の容量も大きくなったらよかったのだけど無理なの。これ以上、何かを失ったら立ち直れないかもしれない」
「自分を守るためにかぁ。それも大事だけど、なぜ失うと思う? 真由の定義では失うのが前提となっている。まだ始まってもいないのに物語が始まろうとする前でやめようとする。妖精の国での真由は生き生きしていたのに恋愛になると消極的だね」
頭を撫でられて、頬に手を添えられて、耳たぶをやさしく引っ張られる。耳が熱くなる。
このままでは、私が私でなくなっていくような気がして怖くなる。
この人は地球からと言っていたから、黒い髪で日本人だと思っていたけど違うのかもしれない。
「カイさん、耳たぶ、なぜ引っ張るの?」
「真由に少しは意識してほしいから、俺の運命の人は真由でよかったと思うよ」
運命の人という言葉に引っかかるものを覚える。
カイさんは猫でいる間、私の頬を舐めた瞬間、人間に戻った。昼間なのに戻った!と感激していた。
なぜ戻ったんだろう。夜は人の姿に戻ると言っていたのに妖精の国から落ちてくるときに私が叫んだ「もふもふ抱っこしたい」に反応して、もふもふになった。
「カイさん、その運命の人って何?」
「妖精王から、猫に変身した後に言われたことがあって、おまえの運命の人を見つけろと言われた。運命の人は、頬を舐めるとわかるとヒントもらって、答えは……」
はっとして私の方を見る。
ふーん。いろんな人の頬を舐め続けていたわけね。
ちょっと軽蔑の眼差しで彼を見てしまう。
私のこの世界での役目って、このために呼ばれたのかな。何かの役目のために呼ばれたのだったら、きっと今まで起きたことは必然。不要なことなんてひとつもない気がする。
「真由の言葉に反応して、運命の人と違うと言われると不安定になって、猫の姿に戻っていた。でも答えはシンプルで自分の中にあった」
自分の中に答えはある。
私の答えはどこにあるのだろう。
すっきりした顔のカイさんと反して私の顔は曇っていた。
「誰でもすぐに答えを見つけられるわけじゃない。ゆっくり探せばいいさ」
「私の答えは」
「真由の答えはすぐに出さなくていい。今答えをもらうとNOだから、YESになるように努力するから俺を見ていて」
カイさんはたくましいと思うところもあれば、ダメ男だって思うときもある。でも、見ていてと言われたらすぐにNOと言えない。
「ずるいよ」
「何が?」
「NOと言わせないところが」
「ずっとそばにいてくれたらと思う子ができるということは奇跡だなと思う。その奇跡が何度も起こるとは思えない。全部の人に出会えないのに出会えたことが幸せだと思う」
私がカイさんを幸せにした?
出会えたことが奇跡だと言いながらも彼は少し寂しそうな顔をした。




