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3. 森の中の小さな邸宅

 石造りの大きな建物の前に馬車が止まるのかと思っていた。

 なぜかその建物の前を通り過ぎ、林道を通り、しばらくして馬車が止まった。

 御者の手を借りて、最初にアンナが馬車から降りる。


「さあ、行きましょう」


 アンナが馬車の中にいる私に手を伸ばす。

 手を借りて、恐る恐る馬車から降りる。

 目の前に見えたのは、とんがり帽子の屋根がついた円形の建物が中央にあり、出入口になっているようだった。その両側に二階建ての家、屋根裏部屋もありそうな丸窓が屋根についている。

 屋敷の裏には森が広がっている。

 森の中の小さな邸宅、居心地がよさそうな家だった。

 私の六畳間の部屋からすると豪邸なのだが、先ほどの大きな邸宅を通った後だったので小さく見える。


「かわいい」

「マーガレットのお気に入りの場所だもんね」


 マーガレットだと信じているから、先にここに連れてきてくれたのか。

 罪悪感が募る。

 「私たちの家へ帰りましょう」と言っていたので、先ほどの大きな邸宅の方に連れていってもらえるとばかり思っていた。

 物語の中でしか出会わないような豪邸は気後れしそうなので、こちらの家に連れてきてもらえて少しほっとした。でも、話すべきことは言っておかないとアンナに失礼な気がした。


「アンナ、実はあなたに話さないといけないことがあるの。私はマーガレットさんじゃないわ」


 アンナは小さく嫌々というように首を降ると、上目遣いに私を見る。

 少し涙ぐんでいるような感じの瞳だ。

 これは、かわいいと言われる女子が漫画の中で使っている必殺技ではないか。

 きっと私が男子だったら、黙って百パーセント彼女の言うとおりにしたことだろう。


「あなたは今日からマーガレットよ。領主の娘であり、たったひとりの私の妹」


 アンナは痛いぐらいの強い力で私の手を握った。

 それが逃さないと言っているように聞こえた。


「アンナ、あなた最初からわかっていて」


 トパーズの瞳が見開かれて揺らいだように見えた。

 少し動揺が見て取れる。


「最初は私もマーガレットだと思ったの。いいえ、思いたかったのかもしれない。でも、この町の名前を尋ねられたとき、容姿は似ていても全然違う別人だとわかったわ」


 この町の名前、コスツスであると聞いたときのアンナの顔が思い出された。

 (うつむ)き加減に下を向いて、目を伏せ、唇は少し震えているように見えた。


「マーガレットがいれば、お母さまだって寝込むことはなかったわ。お願い。ドレスを着てあなたの顔を病床のお母さまに見せてちょうだい」


 母とは勘が鋭い生き物であり、私はいつも透明なベールを羽織っていて、体の中身も脳も全部、何もかもを見抜かれているような気がしていた。

 そんな母親とご対面となれば、すぐに偽物だとわかってしまう。

 アンナの所作は美しく、ゆっくりと優雅に歩く。私が歩いても同じようにはならないだろう。ドレスを踏んでつまづくのが関の山だ。ここで簡単に縦に首を振ると今後きつくなるのはわかっていた。


「無理よ。立ち振る舞いですぐにわかるわ。瞳と髪の色もごまかせない」

「だから、最初にあなたをここに運んだのよ。わかるでしょう。家庭教師もいる。食事も出る。でも、あなたは記憶を失ったたったひとりの妹を演じてほしいの。お金を払うわ。どんな代償も払うわ。だけど、もうマーガレットは失えないの」


 アンナの真剣な瞳に涙が浮かんでいる。

 内容がわかってきた。

 アンナは一目見ただけで、私が偽物だとわかったはずだ。でも、まるでマーガレットであるかのように町の人たちの前で振る舞った。これで町の人には、マーガレットと私がイコールだと印象づけられた。

 私は町で生きていこうとしてもマーガレットという名前とはさよならできない。上下スポーツウェアという奇妙な恰好(かっこう)をしていても彼らの中では、マーガレットという存在が認識されてしまった。


 待って、アンナは重要な部分を話していない。

 これだけ周りから囲んでいって、私を領主の館へ留めるということに成功した。

 その彼女が説明を忘れる? 否。わざと説明をしていないとしか考えられない。

 病気という名前をちらつかせて、人の情という一番(もろ)い部分に訴えた。

 私が「はい」と返事をしやすいようにその手腕は拍手するべきなのか。

 この日本とは違う世界で、私の考えがどれだけ通用するのだろうか。


「アンナ、なぜマーガレットはいなくなったのかしら」


 アンナの顔色が変わった。息を飲み込むと周りを見回して耳元で囁いた。


「中で話しましょう」

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