24. 地上の星
落ちながら、黒猫を抱きしめる。
何も考えていなかった。黒猫がカイさんが変身した姿だとか考える余裕はなかった。
ただ地面に落ちているこの瞬間、自分と猫だと、猫の方がもろいような感じがした。このもふもふと落ちるなら本望だとさえ思った。
落ちながらも月を眺める。欠けることのない月、満月を見ることができてよかった。あの夜のうちに帰ってくることができたのだ。
夜風の中、小さな笑い声が耳元で聞こえる。その声は、高く低くたくさんの声が様々に聞こえるので、まるで歌っているかのよう。死を覚悟したとき、こんなに静かな気持ちになれると思わなかった。
地面が近くなって、救い上げるような風に抱かれた。気まぐれな精霊の風に助けられたのか。マーガレットが話をしてくれたのか。後者だと思って、心の中でマーガレットに感謝する。
着地した先は、フェアリーハウスの畑の中。誰か起きているのか屋敷に明かりが灯っている。明かりを見たら、ほっとした。
世界一怖いジェットコースターに乗った気分。腰が砕けて畑の中に座り込む。手が細かく震えている。
黒猫を地面に降ろすと自分で自分を抱きしめた。どこからかハーブの香りがした。その香りを感じた瞬間、またごはんが食べれることに歓喜した。
「ごはん、食べれる!」
黒猫はふらふらしながらもフェアリーハウスの中へ、猫用専用入口から入ろうとして弾かれた。すごいにぶい音が聞こえた。そこは普通なら開いている空間だった。昼間、バートンさんが塞いでいたことを思い出した。黒猫は力尽きたようにそのままの姿勢で横向きのまま倒れる。緊張の糸が切れたのか。でも、あそこまで歩いて行けたということがすごい。
人ってこんなに腰を抜かすことがあるんだというくらいに立てなかった。
黒猫みたいに横になったら、少しは楽になるのかそう思いながら、横になってみた。空から落ちてきたこの一瞬にどれだけ緊張していたのか今になってわかった。強烈な眠気が襲ってきた。まだ誰とも話をしていない。こんなきれいな満月の夜に雨が急に降ることなんてないと思うけど、自分の体を何とかあのドアの向こう側に押し込まないと体が冷え切ってしまう。さっきまで冷えたお風呂に入った上にバスタオル一枚の姿だ。風邪にも気をつけないとすごく大変なことになる。さらにその他の病気を発症してしまうと非常に厄介だ。体の緊張感は切れたまま、そのまま眠りにつこうとする。
仰向けになってみると、星が見える。とても綺麗な星々、日本では田舎に行かない限り、拝めないようなきれいな夜空。
バートンさんの畑荒らしちゃったなあ。植物たちは大丈夫だろうか。
明日、元気にごはんが食べれるのかな。最初の日の夜に食べたローズマリーと野菜のスープ。じゃがいも、玉ねぎ、きのこ、ベーコン、ウインナーが入った具沢山スープに塩とローズマリーを加えただけのシンプルスープ、あれおいしかったなあ。素朴な田舎料理を食べにきたみたいで、あれをもう一度食べたい。食べたいという思いは人を突き動かすのだと思った。
黒猫は横向きで倒れたまま、扉を爪で引っかいていた。小さな音がここまで聞こえる。
体を起こして、四つん這いになった。これで猫のように歩いてドアまで行けそうだった。ドアまで行ったら、一気に気力で立てそうだ。前に進もうとするが手足にうまく力が入らない。
「あれ? 音がしたのに誰もいない?」
黒猫はバートンさんがドアを開けたと同時にドアの裏側にいるので、一緒に動いてしまってちょうど死角になって見えない位置にいた。あの黒猫はかなりの重量があるのにそれを軽々と何の苦もなく、ドアを開けてしまえるバートンさんって、力が有り余っている。
「バートンさん」
「嬢ちゃんの声?」
やっとで絞り出した声に気がついてもらえたらしい。
一度ドアから離れるがランタンを持ってきてくれた。小さいけれど力強い光に見えた。
「うわっ、何て恰好してるんだ!」
そう言いながらもお姫さま抱っこをしてくれた。これが鍛えていない人だったら、一瞬で重いと言って落とされそうだった。
「ドアの後ろの黒猫もお願い、します……」
「ドアの後ろの黒猫ね。あまり回収したくないけど、仕方ねえな」
助かった。それが意識を手放すには十分だったらしい。
次に意識を取り戻したときは、毛布にくるまれてクロードの腕の中にいた。




