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22. 蔦の花言葉

 壁紙に描かれていた絵をなぜか思い出していた。マーガレットの花をやさしく取り囲むように、まるで守るように蔦が描かれていた。その蔦にはバラのようにトゲがあるわけでもなく、アイビーのような蔦だった。

 蔦の花言葉は「永遠の愛」と「結婚」。花言葉を調べて、結婚する友達に鉢植えを渡したのを思い出した。

 自分の都合のいいように考えすぎなのかもしれない。

 でも、妖精王は、この妖精の国にクロードを招き入れることを拒んだ。さらにカイさんのキス事件に関しても「私には害はあった」という答え方をしている。

 マーガレットは大切にされている。


 マーガレットの方を見ると、妖精王に微笑みながら、手の甲を見せている。

 その手を妖精王が触ってキスをした。

 マーガレットが真っ赤になって、うれしそうに笑顔を返した。

 それは一瞬のことで、私がその様子を見てしまったようにカイさんも見ていた。


 彼は胸を押さえて目をそらした。目を閉じて、もう一度、オッドアイの瞳を開けると、そらさないようにしっかりと二人の様子を見つめていた。

 自分の思い違いを悔いているようにも見える。二人の様子を胸に刻むことで、マーガレットをあきらめようとしているのかもしれない。その様子を見て、自分の胸も熱いものがこみ上げてきて、胸全体に広がった。これは痛みだろうか感動だろうか。今までに感じなかった感情、激情のような波。その波は一瞬で消えた。


 私は二人の様子もカイさんの胸を押さえたところも見なかった体を装った。

 いや、これで人質はない気がします。ご当主安心してください。娘さんは幸せな結婚をしました。

 心の中でコスツス家、ご当主様へ手紙を書いた。

 実際に会って話をして、元気な様子を伝えよう。新月の夜、会いに行くとも言っていた。


 あたかも今振り返ったかのようにして、咳ばらいをひとつ。


「新月の夜お待ちしております。お二人でいらしてくださいね」


 マーガレットの顔を見て、微笑みをひとつ。

 幸せなんだね。よかったねという気持ちが自然に顔に表れた。


 この緑の宮殿は居心地がいい。外には小鳥が鳴き、蔦が周りを取り囲み、動物が歩いているのが見える。窓には、窓ガラスという概念はなく、外と繋がっている。誰でもウエルカム状態になっている。小さい妖精たちも飛んでいるのがわかるが小さな光なので、どんな形をしているのかわからない。宮殿の中も森の中にいるみたいに植物がたくさん生い茂っている。一部描かれているのもあり、その一体感が何とも言えない。とにかく目に焼き付けておこうと周りを見回す。

 私がこの宮殿に迎え入れられたのは、たとえ手の甲のキスを移すためだけだとしても貴重な経験だ。チャンスは二度と回ってこないかもしれない。

 しばらくはこちらにいて、ゆっくりして遊んでいきたい気持ちもないではないが、急いで帰らないとあのフェアリーハウスへ帰れなくなるかもしれない。満月の夜にしか開かない道は帰り道も今日しか用意してくれてない気がする。私の第六感はよく当たる。そんなときは自分の直感に従って動くしかない。

 明日は少し欠けた月になる。人の肉眼ではその違いはよくわからないが、欠けた月は不安定な感じを受ける。

 新月まであと十五日間ある。あれ? それまでゆっくり観光できる? 

 そんな楽しい思いが胸を満たし始めていたときにカイさんの一言で現実に戻った。


「帰ろう」


 シンプルだけど、有無を言わせないそんな力強さも感じる。帰ろうだった。ここは素直に答えるしかない。


「うん。帰ろう」


 その言葉にカイさんが泣きそうな顔を一瞬したが、ぐっと堪えて前を向いた。引き止めて欲しかった? まだ一緒にいたい? どんな感情が渦巻いているのかわからないが、カイさんが寂しがっているような気がして手を繋ぐ。

 目を見開いてこちらを見る。

 いきなりだったかな。びっくりさせちゃった?

 手を離そうとしたら、グッと力を入れて引き止められて、さらに指一本一本に絡め取られるように手を繋ぎ直した。

 これは俗に言う恋人つなぎでは? 

 ここは思考停止するしかない。私の右手は黒猫と繋いでいると自分で自分に呪文をかける。だからといって、指一本一本の感覚が消えるわけではない。自分から繋いでおいて、手を払い退けるのも申し訳ない。

 マーガレットの視線が顔から降りて来て、手を見つめると優しい泣きそうな顔になった。


「カイ、優しい人が側にいてよかったわね」

「よかったと思います」


 カイさんの視線が私を見て、少し笑顔になる。


「ありがとう」


 今まで見た中でもとびきりの笑顔。いやこちらを向いて微笑むな。なぜか胸がまた熱くなった。その後すぐにずきりと痛む。心臓がおかしくなった?

 




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