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20. 迷惑な黒猫

「どうやら最愛の人を見つけたようだな」


 どこからか声が聞こえる。誰の声だろう。澄んでいるようで、威厳のある声。耳の近くで聞こえるようで、遠くにいるような気もする。この空間がそうさせているのかわからないが、落ち着かなくさせている。

 景色が回り、めまいのように目を開けていられなくなる。体から力が入らなくなり、膝から崩れ落ちるのを誰かが支えてくれた。

 この声は誰に話しかけているのだろう。


「ああ……」


 この戸惑っている声は、聞き覚えがある。

 体が動かない。声も出せない。

 いつの間にか横になって耳だけが起きている状態。目をつぶっているから、誰の声は予想するしかない。

 山に響くこだまのように何重にも聞こえてすごく居心地が悪い。

 

「害はないよな」


 カイさんの声だ。もうひとりの声は聞きなれない。


「害はないが私には害はあったとだけ答えておこう」


 誰かが手を触っている。その次の瞬間、手の甲に唇が押し当てられる感じがした。唇が離れたとき、余韻を楽しむかのようにもう一度唇が強く押し当てられた。


「カイさん、今のは」


 かすれた声を絞り出した。その後に金縛りのような呪縛が解けた。

 目の前にいたのは、カイさんと超美形の中性的な感じの妖精だった。

 金色のウェーブかかった長い髪と瞳、足元まで届くローブ。背中にはきれいに透けて見える羽。歩いているのが奇跡のような存在。

 思い当たる人物はひとりだった。


「妖精王」

「ほう、我が見えるか」


 隣にひとり眠っている女性がいた。

 明るい茶色の髪、ゆっくりと開いた瞳は、茶色のような見え方によっては金色のような不思議な光彩の瞳だった。ゆったりとした白いローブが彼女によく似合っていた。


「マーガレット……」


 起き上がるとこちらを見てにっこりと笑った。幼さが残る笑顔、私の顔がそこにあった。似ているけど、どこか違う笑顔。

 自分の手の甲を見ると不思議なマークが浮かび上がっていた。アイビーの蔦のような印。まるで束縛をされているような感覚になる。


「悪い。巻き込んで」

「どういうこと?」

「あとで説明するからそれでいいだろう」

「いいや、よくないよ。今すぐに申し開きをしてほしい」

「俺が呪いから解ける方法はひとつで、最愛の人を見つけて妖精の国まで連れて行くことだった。俺がマーガレットにつけた。いやマーガレット様の手の甲につけたキスの跡が模様のように浮かび上がっていたのを君の手の甲に移した」

「えええ! いやちょっと待って。最愛の人ではないし」


 だからさっきキスの感覚が手に広がっていたのだ。あれはマーガレットの体験であって、私の実際の体験ではなかったが、されてないのに手の甲にされたキスの感覚が取れない。


「時間がなかったんだよ。俺ずっと昼間は猫の姿だったし、元の仕事に戻りたかった。夜だけ人の姿に戻れるけど、それでは……」

「ほう、我に嘘をついたのか」


 妖精王がいつの間にかカイの後ろに立っていた。


「じゃあ、私が妖精国に行くっていうのは、アンナと利害が一致していたんじゃない。アンナと共犯者?」

「俺を犯罪者のように扱うな。黙っていたのは悪かった。でも、助けようとしていたのも事実で、こうやってまさか妖精の門をくぐれるとは思ってなかった。だからこんなことになって悪かったと思っている」

 

 涙目になっている私に申し訳なさそうにマーガレットが手を伸ばした。髪をなでてくれる。やさしく慰めるようにこれではどちらがお姉さんかわからない。私より年若い子に気を使ってもらっている。


「あなたの手の甲のものをもう一度私の手に戻してもらいましょうか」

「いいえ、それはダメ」


 即答した。そのキスの感覚をマーガレットは一度味わっている。それを思い出させることになる。 

 

「これは私が引き受ける。害があったと妖精王も言っていた。だから、あなたのその手に戻ることはダメよ」

「でも、そのマークがあると他の人とは恋ができない」

「どういうこと?」

「そのマークは約束の印。異世界から来た人のみがつけられる印で、元の世界に引っ張られて戻らないように、この地の女性と婚姻を結ぶためにつけられる印なの」


 マーガレットが丁寧に説明をしてくれる。


「約束の印を俺は知らなかったから、マーガレットが結婚するっていうので、気持ちを押さえられなくて」

「それは好きとは言わない。同時に彼女の心がそこにあってから成立するものであって、それはあなたの身勝手な思いだよ」

「俺も若くて、思ったら走るしか能がなくて、マーガレットごめん。俺が身勝手な行動で今夜まで結婚式を延期させてしまった」


 このマークの意味がわかってきた。妖精王の怒りもわかった。

 元の世界に戻ることができるかもしれないのだ。だけど、婚姻を結んで子どもが生まれたのにさよならになるのは悲しい。異世界の人は、もう元には戻らないそういった意味もこめてキスをする。ここに留まることをこの世界に知らしめるのだ。そこで初めて異世界の住民となる。私の手にキスマークがあるということは、私もここに留まるし、カイさんもここに留まるといいうことになる。

 マーガレットは、結婚式を挙げたのに本当に意味での結婚式は今夜ということになる。

 本当にカイさんは、ここに来ても迷惑をかけているのか。

 

「だから最愛の人をみつけてここに来なきゃいけない事情はわかった。だけど、カイさん、いい加減にしてください。私にまで迷惑をかけてどうするんですか。この手の甲に残った痕」

「ごめん。どうにかする」


 目をそらし気味に答える。

 いや、どうにかしようと考えている目ではない。目が泳ぎまくっている。

 猫になったときは頬を舐められても何ともなかったということは、誰にもキスができないように猫に変えられたということも言える。

 彼は頬を舐めて、どうして私のときだけ、元の人間の姿に戻ったのだろう。

 運命の相手? いや、そんなことはない。


「運命は自分で切り開く!」


 強く自分にいい聞かせる。

 でも、今のままでは約束の印が私の手の甲にある限り、結婚は避けられないような事態になっている?


「カイさん、最愛の人を早くみつけてください。私このままでは嫌です」

「ええ? 俺嫌われてる?」

「黒猫になったことをいいことにみんなの頬を舐めている気がします。それは許せないかも」


 じーっと三人に見つめられ、カイさんが俺はそんなに軽い男ではないとつぶやいていたが、ついに認めてごめんなさいと謝っていた。



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