15. 小さな侵入者
部屋に入って、落ち着いたところで思い出したことがある。
気に留めることが多すぎて忘れてしまっていた出来事。
足元をかすめて走っていった小さな生物、それが原因でクロードの腕に倒れ込むことになってしまった。
妖精がいるというこの世界で何が出てきてもおかしくない。
夜までに見つけないと、この部屋で一緒に眠ることになってしまう。
メアリーもクロードもバートンさんも呼ぶわけにはいかない。
一体どこから入ってきたのか原因を突き止めたくて、まずは部屋の探索から入る。
洗面台には小さな窓がひとつ、中庭とつながっている。ドアをひとつ開けて、お風呂には丸窓があるが、明るさを取るための窓で開かない仕組みになっている。さらに隣の部屋のトイレには窓はあるが、すごく高い位置にあり、開いていない。洗面台からの侵入。だけど中庭は外にはつながっていないので、外からの侵入ではない。このフェアリーハウスに入らないとこの中庭には入れない仕組みになっている。マーガレットが住んでいた家だから外部からの侵入には、気を使っていると思ってもいい。
「どこから入ってきたんだろう。見落としている場所があるのかもしれない」
足元をかすめて走るぐらいにすばしっこい生物。未知の生物だったときは、男性陣ふたりに頑張ってもらおう。
洗面台のドアは閉めて朝食に行ったから、この部屋内にいると考えてもいい。ドアを開けた拍子に出ていった可能性もあるが、気がつかなかったことからそれはすごく低い可能性だ。ここで隠れることができる場所は、ベッドの下とクローゼットの横に小さな隙間がある。そのどちらかだろうと予想する。狙いをさだめて、まずはクローゼットの隙間から、少し薄暗いので、目をこらしてよく見るがいない。あとはベッドの下、そっと覗き込むとふたつの光っている目と目が合った。叫びそうになるのをかろうじて押さえる。そっとドアのところに抜き足、差し足で忍んで行くと、もうすぐでドアの取っ手に手がかかるところで足元にすりついてきたものがある。
「んぎゃー!!!!」
取っ手に手をかけ、一気に引くと部屋から廊下に出た。未知の生物への恐れが胸を支配していた。腰が抜けたがそれでも床を這いながら、一歩一歩遠くへ行こうとした。じゅうたんを何者かがバリバリという音をたて迫ってくる。とうとう追いつかれてしまった。背中にどっしりとした重量感のある生物が乗っている。乗っているものを確認しようと振り向いてしまった。真っ黒の毛が見えた。
「これ、おイタしてはダメでしょ」
メアリーが悲鳴を聞いて駆けつけてくれた。
メアリーの胸に抱かれているものを見て安堵した。真っ黒な毛並みにオッドアイの青色と緑色の瞳が印象的な猫だった。肥満の猫らしく、でっぷりと太っている。
寝転んでいる私に手を差し伸べてくれたのは、バートンだった。手を借りてやっとで起き上がると、後ろを向いて震えているクロードを見かけた。
えーえー、そうでしょうよ。かなり滑稽だったのはわかるけど、そこまで笑わなくてもいいのではというほどに笑っているのがわかる。
「何どうしたの? 未知の生物に出会っちゃった?」
バートンさんの「未知の生物」のところに体が反応をして、ボクシングのファイティングポーズをとってしまった。すると、バートンさんも同じようにさっと構えたので、普通の料理人でなかったことがわかる。用心棒のようだと思っていたけど、そちらも兼ねての採用なのかもしれない。
「待って待って、一戦交える気はないから!」
すぐに武装解除してくれたことに感謝しつつ、呼吸を深く吐き、精神を落ち着ける。
さっきのすさまじいバリバリという音は、どうやら爪とぎの跡のようだった。青色のじゅうたんが少しけば立っている。まったく心臓に悪い。
いきなり手を出そうとすると、メアリーがアドバイスをくれた。
「ひとつの指を猫の鼻のところにもっていって、匂いを嗅がせてください。私は敵ではないですよって知らせてください。ひとつの指でそっと触って慣れてきたら、全部の指で触っても大丈夫です」
メアリーのアドバイス通りに人差し指を出すと、いきなりもふもふの肉球の手で叩き落された。
あれ? 拒否された?
「久しぶりじゃねーか。マーガレット」
うん? 誰?
周りをかなり見回しても知っている顔しかない。
違う声が聞こえた。
「俺だよ。俺、忘れたのかよ。カイだ」
日本人のようなその名前の響きに懐かしさを感じる。昨日、この世界に来たばかりなのにもう元いた世界が懐かしい。
でも、カイさんはどちらへ?
あちこちを見回して、メアリーに抱っこされている存在に気がついた。
「まさか? カイさん?」
「まさかもないだろ。俺だよ。キスした仲だろ」
猫の頭をこれでもかっ!というほど後ろから叩いたのは、クロードだった。
「何言っちゃってくれてるんですかねえ。この肥満猫は!」
クロードの額に怒りマークが見えそうだ。猫相手にこんなに熱くなれるクロードがうらやましい。違うところで魂を使っていって、擦り切れちゃっているのではないだろうか。
「おまえこそ、遠くからマーガレットを黙ってみているだけの奴だろ」
「カイさん、私、マーガレットお嬢様ではありません。お久しぶりでもキスした仲でもありません」
そう言って顔を近づける。マーガレットとの違いをわかってほしかったので迂闊だった。
ぺろりと頬を舐められる。猫の舌って意外とざらざらしていると冷静に思っていると、大きなけむりが上がり、そこに人間が現れた。黒い髪にオッドアイの瞳、長袖Tシャツに穴あきのポケットがたくさんあるカーゴパンツ。いや、ポケットありすぎでしょう!




