13. 恋の処方箋
これは恋ではない。
自分に言い聞かせていた。
バートンに対するこの感情はどこから来るのだろう。感情の起伏の激しさ、動悸、息切れ、もうすでに病気ではないだろうかと思う。
処方箋は、相手からもらうしかない。
自分が一言、結婚しますと言うと、相手も応じてくれることはわかっていた。
しかし、その言葉は言えない。
生きていく時間の長さが違うことを伝えなくてはいけないのに、その一言がどうしても言えない。自分で選択したことだから、それは後悔していない。
期待を持たせて相手を待たせる。そんなことをしてはいけないことは百も承知だ。すぐに彼に言わないといけないのにこの唇は、言葉を発するのを忘れたかのように黙り込む。彼に処方箋をもらっては、突き放してを繰り返している。こんな自分が嫌になっていた。
「バートンさんに冷たいことを言われた?」
遠慮がちにマユが聞いてくれる。
「いいえ」
その逆だから、手に負えないのだ。やさしさをもらっているのにやさしさで返せない。
ありがとうは一方通行で私からのありがとうはない。
こんな関係が長続きするわけがない。
明日さよならを言われても何も言えない。
嘘なのか本気なのかわからないプロポーズは、数えてもよくわからないくらいにもらっていた。
「断らなきゃいけないのに、答えを相手に伝えられないとき、お嬢様はどうされていますか?」
真由はしばらく迷ってゆっくりと言葉を口にした。
「断りたくないから伝えられないのかな?」
このお嬢様はおっとりしているようで、妙にするどいところがある。
それが私の心を容赦なく傷つける。答えは出ている。
ごまかしてきたのは、私の心。
「メアリー、難しいことは抜きで飛び込んじゃえ」
バンザイしながら、にやけたしまりのない顔は、アンナ様が見たら眉をひそめるだろう。
でも、リラックスしていて過ごしてくれているようでよかったと思う。そんなリラックスモードの彼女を見ていると、自分の抱えている問題など小さく思えてくる。
「あのさ。断って後悔するよりも断らないでつきあって後悔した方がすっきりするのかな?」
「なぜ、そこで疑問形なんですか」
「私もよくわからないから」
そこまで言って顔を見合わせると、どちらともなく笑い出した。
「なぜ、笑うんですか」
「メアリー、だって笑って ひゃははは」
「ぷっ、シリアスな話をしているんですよね?」
「ふふ、だけど笑っていた方がメアリーはかわいいよ」
会話のかみ合わなさ加減に笑いの加速度は上がっていく。
落ち着いて顔を見合わせてももう笑わなくなったころ、真由が真剣な表情で言った。
「私の閉じこもっていた世界は、小さくて、いろいろ見て回りたかった場所も共有したい人もいたはずなのにすべてをシャットアウトしちゃったから、世界にひとりきりのような気がしていたの。いろいろなことをわけ合える人と出会うって、どれだけの偶然が重なったらおこるのだろうって思うの。私はこの世界でメアリーと出会えてよかったと思うよ。メアリーが側にいてくれていてよかった。ありがとう」
ずっと長い間、隣にいてくれたような気安さで、心の中にノックも挨拶もなしに真由は入ってきた。
「私もあなたと出会えてよかったと思います。真由、ありがとう」
「あー、また泣く。どうしよう」
うれしい涙は、なぜこんなに温かいのだろう。心にぽっかりあいた穴をふさいでくれる。
「朝ごはんは大事だよ。しっかり食べてお腹いっぱいにしたらいいよ。私も一緒に行くよ?」
「はい」
マユに手を引かれながら、食堂を後にして台所方面へ向かう。中庭が見えるもうすぐで着くというときになって、心にブレーキがかかる。足取りもゆっくりになる。
「行こう!」
重くなった足取りにマユが声をかけてくれる。彼女の言葉に勇気をもらい、足を一歩一歩踏み出す。




