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12. 押さなくていいスイッチ

 食堂に戻るともうそこには、アンナの姿はなかった。

 遠くで馬車の音が聞こえた。急いで窓を開けてみると音だけが響いていた。追いかけるにしても絶望的な距離のようだ。

 本館まで訪ねて行くにしても本気で取り次いでもらえるのかわからない。

 それにマーガレット似の私がいきなり本館に現れるのは騒ぎのもとだ。

 静かに、できれば速やかに問題なく、ここを立ち去りたい。

 これから何をするべきか。頭がフル回転でまわりだす。

 

「まずはひとつ、世界地図があれば地図の確認。治安状況。言語は問題なしだけど、本はどうだろう。これはクロード確認案件!」


 言葉に出して、さらに書いたらスッキリするがメモ帳ひとつ、見つからない。

 これは身の回りのコトだからメアリーでいいのかな。

 畑も覚えたい。これはバートンさんかな。


 マーガレットは心配しなくてもいいような気がしてきた。自分の意思でどこかへ行ったのだ。問題なし。ただ理由は知りたい。みんな理由は知っている様子だった。意外とあっさりと答えてくれそうな気がした。


 妖精に関することなんだろうか。フェアリーハウスと呼ばれていたぐらいだ。マーガレットがいなくなり、妖精もいなくなった。マーガレットの後を妖精たちはついていった。ここまでは花丸もらえそう。

 あと一歩のところまできている気がするが、情報が足りない。

 動物園の熊のように落ち着きなく歩いていると、メアリーが帰ってきた。両手を頬に当てていることから、先程の熱が冷めないみたいだった。


「メアリー、何かメモを取る道具が欲しいの」

「かしこまりました」


 あっさりと仕事モードに切り替わったメアリーを尊敬する。私が同じ立場だったら、引きずりまくってしばらく帰って来れないかもしれない。まあ、そんなマンガ的な展開には、十九年生きた人生の中で一度もない。ドラマチックには憧れるが当事者になった瞬間、疲れるタイプに分類されると思う。恋とは何ぞや?とつぶやいているうちは、まだまだ知らなくていいのかもしれない。

 メアリーが持ってきてくれたのは、羽ペン。インク壺につけないと字がつかないし、かすれるし、使いにくい。メモ帳の方は、しっかりとした赤い表紙に金色の装飾の分厚い日記帳を手渡された。

 気軽に持ち運びできるものを想定していたが、これは想定外。

 とりあえず、さっき思いついたことを書こうと思って座りはしたが、真っ白なテーブルクロスの前に断念せざるを得なかった。インクが一滴でも落ちた日には、どうやって言い訳をしたらいいのかわからない。

 席を立つと同時にメアリーのお腹が鳴り響いた。


「朝食は食べなかったの?」


 その言葉にメアリーの頬が庭のトマトよりも完熟して落ちそうな赤色に染まった。


「あとで……」


 そう言うのが精一杯で涙目になっているメアリーに背を向けた。

 涙を拭く道具なんて持ってないし、なぐさめる言葉もみつからない。涙をみていない素振りをするしかなく、どうしていいのかわからない。朝食を食べなかったの?のどこにスイッチが隠されていたのだろう。

 バートンさんが原因なのか、もっと違う理由なのかはっきり聞いていいのか。どういう聞き方をしたら傷つかないのかわからない。恋愛レベルの低さにスキルを今すぐあげて欲しいけど、そんなチートスキルはないに決まっている。私も一緒に泣きたい。


「ご心配おかけしました。大丈夫です」


 気丈なその一言に振り替えって顔を見る。大丈夫じゃないやん。と思いながらも無理やり笑顔を見せる。プロだと思っていたメアリーが幼く見える。


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