118. 用意された椅子
妖精は絶対間違いを起こさない。
そう言われたら、きっとこの選択肢は選んでいかなかった。
「俺がこの申し出を断ってもその妖精には危害はないんだな?」
「申し出を断る? ほう? どういうことだ?」
急に声音が変わる。
目の前にいるのは、王という存在。しかも二百五十年生きるとかあの図鑑には書いてあった。手書きのコスツス伯爵家にしか伝わっていないであろう手帳を図書室で見た。
その本は、誰の目にも触れないように、マトリョーシカのような方法で、本の中にさらに本という入念さで隠してあった。
あれは見てはいけないものだった。
好奇心と後悔とを並べたら、いつも好奇心が勝つ。
その好奇心が仇になった。
後で後悔するときがくるとはわかっていた。わかっていながらも見た。
「どういう選択肢をしても俺は俺だ」
「猫の王にならないと、お前は異世界に戻る」
元居た場所は、ここでは異世界だ。
俺の役割って何だったのだろう。こちらに来た意味は何かあったのか。
自分の前髪を握りつぶす。猫のような柔らかい髪は嫌いだった。オッドアイの瞳も日本では暮らしにくかった。
人生で自己紹介するときは、結構ある。
その度に天然パーマのふわふわした前髪を見て、オッドアイの瞳を覗き込まれて、不思議そうな顔をされる。それが繰り返されるのが苦痛だった。
こちらに来て、いろいろな髪色と瞳を持つ人たちに会って、居心地の良さを感じた。
「この手の印を消さなければいい」
「相手をどこまで縛り付けるつもりだ。それにおまえがもう何を選んでいるのかわかっている。選んだ上で行動しようというのもわかっている」
「わかっているんだったら、黙ってみていてくれ」
「花の妖精が躍る季節には、庭が美しく映える。あの庭園は居心地がいい。すべてを失うには惜しい」
耳に心地のいい言葉だ。
妖精王の口から出たものだとは到底思えない。
次の春を心待ちにしている様子が目に映る。妖精たちが庭に遊びに来るのが幻想的なイメージが脳内に浮かぶ。
「俺の整備した庭園を気にいってくれてよかったよ。あの庭はひとりではできなかった。紅茶を用意してくれる人がいたり、一緒に隣で笑っている人がいたりしなければできなかった。俺はそれに感謝している」
「用意された椅子を選べ」
「用意されている椅子には、興味ない」
ゴブレットを椅子のひじ掛けの所に置き、こちらへと向かってくる。
「マーガレット、彼女はどう思うだろうか?」
耳元で紡がれる言霊、それは呪縛に近い。
「猫の王になってから会おうぞ」
マントを翻した王は、後ろを振り返らないまま、宮殿の奥へと去っていく。
謁見が終わった。
その場に崩れ落ちるようにして座り込んだ。




